保育園の卒園式でママ友からクレーム!?「あなたのせいで…」

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、長女の保育園の卒園式で、仙田さんがママ友から受けた意外なクレームについて語ります。

緊張していた長女


Kangarooさんによる写真ACからの写真

その日は、朝から雲ひとつない青空が広がっていた。
目覚ましよりも早く目を覚ました私が声をかけると、子どもたちもすぐに起き上がる。
パンを焼いて食べさせ、着替えをさせた。
次女は普段通りの恰好だが、長女はピンク色のワンピース。
私も数年に1度しか袖を通さないスーツに着替えた。

8時過ぎにチャイムが鳴り、ママ友の姿が門の向こう側に見えた。
彼女の2人の子どもたちは、うちの子どもたちと同い年だ。
車に乗せてもらい、別のママ友の家に向かう。
この家にも次女と同じクラスの子がいるので、下の子たち2人を預かってもらう。

私たちは、お互いの上の子と一緒に歩いて保育園に向かった。
これから、長女の卒園式がある—私も、たぶん長女も緊張していた。

保育園の玄関の「卒園式」と書かれた看板の前で長女と並び、ママ友に写真を撮ってもらった。
私はなんとなく笑っているが、長女は不安げな顔でカメラを見つめている。
緊張しやすく、初めてのシチュエーションでは周りをよく見て行動するタイプなのだ。

ありがとうの花

いつもの教室に入ると、すでにほとんどの子どもと保護者が集まっていた。
男の子はスーツやジャケット姿、女の子は色とりどりのワンピース姿で、なかには振袖を着て髪もセットされている子もいる。
夫婦で来ている保護者も多く、狭い教室は入りきれないほどの人で埋まっていた。

やがて担任の先生が入ってきてオルガンの前に座り、演奏を始めると、子どもたちは一列に並んで歌い始めた。
—ありがとうって言ったら みんなが笑ってる その顔が嬉しくて 何度もありがとう……
子どもたちが大好きでよく歌っている「ありがとうの花」だ。
たくさんの保護者の前で歌うのは初めてだからか、子どもたちはみんな緊張ぎみだった。

年長組の思い出

時間になり、まず保護者がホールに移動した。
子ども用の椅子が並べてあり、そこに各子どもの保護者代表が1人ずつ座る。
それ以外の保護者は後ろの長椅子に並んで座った。

その後で17人の子どもたちが、先生に連れられて入場する。
最初に子どもたちと担任の先生が舞台に上がり、歌を歌った。
そのまま子どもたちだけが舞台に残り、「年長組の思い出」をひとりずつ発表していく。

進級、遠足、おとまりキャンプ、七夕、夏祭り、プール、芋掘り、運動会、クリスマス会、お泊り遠足、生活発表会……。
1年間の行事や友達との関り、できるようになったことなどを、子どもたちは口々に語っていった。
長女は、大きな声ではっきりと、「運動会では夢に向かって頑張った」と言っていた。

聞きながら、この1年間さまざまな行事に参加したときや、送り迎えのときに見た子どもたちの笑顔や喧嘩をして泣いている顔、何かに挑戦してできなかったときの悔しそうな顔、達成できたときの得意げな顔が次々と浮かんでは消えた。
長女を仲間に入れてくれて、一緒に遊んで一緒に成長してくれて、ありがとうな—心からそう思った。
17人ひとりひとりに6年ぶんの成長とこれからの人生があり、これまで大事に育ててきた家族がいるんだな、という当たり前のことも。

「ありがとう」と「おめでとう」


仙田さんが描いた未来の長女

子どもたちが席に着くと、園長先生からの祝辞と、担任の先生の挨拶があった。
担任の先生は園でも指折りのベテランの先生だが、涙もろく行事のあるたびに泣いていて、この日も頬に涙を伝わせながら、でも笑顔で子どもたちに言葉を贈ってくれた。

そして卒園証書の授与。
ひとりずつ名前を呼ばれると、子どもたちは立ちあがり、園長先生から卒園証書を、担任の先生からはそれをしまう筒をもらう。
—おめでとう。
—ありがとう。

そう受け答えをしてから、後ろに座っている私たち保護者のところに来て、「ありがとう」と卒園証書を渡す。
受け取った保護者は「おめでとう」と受け取るのだ。
保護者は鼻をすすっていたり、言葉が胸に詰まるのか、声が出ていなかったり。
泣いている子どもも何人かいた。

やがて長女の番になった。
卒園証書を受け取り、こちらへまっすぐ歩いてくる。
私の前で立ち止まると、卒園証書を両手で差し出して、

—ありがとう。

とこちらを見あげた。

長女の「ありがとう」から思いだしたこと

白い紙の向こう側で、長女の顔はとても小さく頼りなく見えた。
不安げで、緊張している……。
私は卒園証書を受け取り、
—おめでとう。
と声をかけようとしたが、声が出なかった。
代わりに、足もとに涙が落ちて小さな水溜りができた。

ありがとう、と長女に言われたことは数えきれないほどあったし、毎日寝る前に「パパ、ありがとう」と言ってくれる。
おめでとう、と長女に言ったことも数えきれないほどある。
でも、このときに聞いた「ありがとう」は、それまでに聞いたことがない類のものだった。
そのひと言から、たくさんの記憶が頭のなかでフラッシュバックしたのだ。

長女が生まれた日、午前2時過ぎに病院からの電話で起こされてタクシーに飛び乗ったこと。
初めて抱っこして、軽さにびっくりしたこと。
膝の上で離乳食を食べさせると顔をくしゃくしゃにして笑ったこと。

2歳の頃に吉祥寺の雑居ビルの5階にある不動産屋で、私と元妻が物件情報に見入っている間に、勝手に窓を開けて身を乗り出しているのを店員さんが見つけてくれて、慌てて走り寄って体を押さえたこと。
3歳の頃に風呂場で転倒して、手が痛いと泣き叫ぶので救急車を呼んだが、ただの打撲で湿布だけもらって帰ったこと。

夫婦仲が悪くなってからは、何度も夫婦喧嘩をしているところを見せてしまったこと。
京都に引っ越してから、赤ちゃん返りして泣き喚いたこと。
週末になるたびバスや電車に乗って、遠くの公園や動物園に出かけたこと。
1年間、保育園の年長組で過ごすうちにたくさんの友達ができたこと。
逆上がり、なわとび、竹馬、タイヤ飛び、できることがどんどん増えて世界が広がったこと。

涙が止まらなかった卒園式

長女と一緒に過ごした6年間がすべて、一瞬で戻ってきて目の前に広がった。
大きなケガも病気もなく、ここまで大きくなってくれてよかった。
長女が口にした「ありがとう」は、私に向けられたものでありながら、私を通して長女が出会ったすべての人々や、それらの人々が暮らしている世界そのものにも向けられていた。

目がくらむほど大きな「ありがとう」のなかで、私は小さな力を振り絞るようにして、やっとのことで「おめでとう」と口にして、長女の背中を少しだけ押した。
—赤ちゃんだった頃を思えば、私のしてやれることは本当に少なくなったな。

長女が席に戻り、私も座ったが、涙が止まらなかった。
ハンカチを持ってきていなかったので、手で拭ったが、涙も鼻水も後から後から溢れてくる。
そのうち声も出てきて、私はしゃくりあげるような声を必死で押し殺しながら、卒園証書授与が終わるまでずっと泣いていた。

合同リズムをする子どもたち

1時間も経たないうちに卒園式が終わると、子どもたちは一旦教室に戻った。
今度は保護者たちが舞台の上にあがって、先生たちがホールのなかを片付ける。
椅子がすべて取り払われて空っぽになったホールに、担任の先生に連れられて子どもたちが入場してきた。

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

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コメント

sendamanabu 長女の卒園式の日を振り返りました。 >やがて長女の番になった。 卒園証書を受け取り、こちらへまっすぐ歩いてくる。 私の前で立ち止まると、卒園証書を両手で差し出して、 ——ありがとう。 とこちらを見あげた。 https://t.co/tmyYc4SGhf 11日前 replyretweetfavorite

neko_tubuyaki "長女の「ありがとう」から思いだしたこと" 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

salakaaya タイトルと記事が、、、 約1ヶ月前 replyretweetfavorite