cakes読者のみなさま、こんにちは。
肉と魚、どっちを食べることが多いですか? 魚は外では食べるけど、家じゃあんまりって人、結構多いよう。でも、それってなんとなくわかる。買ったらすぐ食べなきゃってプレッシャーとか、さばいた生ごみの処理が大変とか。農水省のデータにもありますが、日本人の魚介類の消費量はこの20年で減り続けていて、10年前には肉と魚介類が逆転、肉優勢になっています。とはいえ、やっぱり日本人は根本的に魚が好きな、魚食文化の国なんだとふとした時に感じます。
その分かりやすい例が、日本の鮮魚店やスーパーマーケットの魚売り場にある刺身コーナー。どこでも旬の魚が薄造りできれいに並べられ、パックされている。そんなの当たり前じゃん、と感じるかもしれないけれど、海外の人から見るとこれって驚愕。以前、仕事で日本に来たポルトガルの友人と都内のスーパーマーケットを覗いていたら、「この刺身を切っているのは誰なの?このスーパーマーケットの中に職人がいるの?」と、刺身がいつでも気軽に買える環境に驚いていました。
言われてみれば、確かにそう。大抵の店に刺身を切り出せる腕を持つ人がいるって、魚食文化が根強くあるからこそです。しかも、盛り合わせから単品の小さなパックまであって、好きな魚をあれこれ選べ、つまが添えられていたりわさびが付いていたり。そんなきめ細かい心配りを見るにつけ、日本人と魚の関係ってやっぱり浅くはないと思うとともに、なかでも刺身は、日本の魚食文化を守るうえでの最後の砦なのかもしれないと思うのです。
刺身の食べ方と言えばわさび醤油が定番ですが、私は4年前に富山県を取材で訪ねてからというもの、家でよく昆布〆をするようになりました。連載でも、ちょうど取材したての富山の様子をこの回でご紹介しました。ご興味ある方はじっくり読んでいただくとして、ちょっと抜粋すると、こんな感じ。
北海道産の真昆布に新鮮な平目などの薄造りをきっちり並べ、上から昆布で挟んで数時間置くと、昆布の旨味がのった魚はうっすらとべっこう飴のような金色を帯び、昆布の旨味と風味をふんわりとまといます。乾いた昆布に挟むことで水分が程よく抜けるので、魚の食感も締ります。火も使わず特別な道具もなし。必要なのは旬の海の幸と昆布、あとは人の手と時間のみ。昆布に挟んで寝かせるだけで食材がこんなに変化するなんて。もちろん、〆ているから生の魚をおいしく保存できる。昔の人は実によく考えたものです。
さらに素晴らしいのは、昆布〆は富山の家庭料理だということ。主婦でもお父さんでも子どもでも誰でもできる調理法だということです。食文化の基本は家の台所にあるわけで、昆布〆はまさにそのど真ん中を行く、この土地ならではの調理法。誰もが自分の家で、身近な素材で、自分の手で再現できる簡便な料理だということ。これはとても大切です。加工品を食べる、外でプロの料理を食べるばかりでは、個々の、地域の、ひいては日本の食文化は根本から豊かにはならない。自分達の手を動かして食事することが、本当の食の豊かさの基本だからです。
地元の方々と食事をしながら伺っていて面白かったのが、昆布で〆るのはなにも魚だけじゃないということ。かぶや大根、オクラやアスパラガスなどの野菜や、ぜんまい、わらびなどの山菜、牛肉や鶏肉などもありなんだそう。そういえば居酒屋のメニューで、野菜や魚などの昆布〆盛り合わせというメニューも見かけたぐらいです。
誰でも簡単!魚の昆布〆の旨味たっぷりサラダ+手毬寿司 - ポルトガル食堂
と、4年前の自分、昆布〆の食文化が富山県の日常にあることにえらく感動しています。というわけで、それ以来私は昆布〆推しなのです。
さらに実感しているのは、昆布〆の刺身はワインと非常に相性がいいということ。魚のイノシン酸と昆布のグルタミン酸が組み合わさってうまみのかたまりになり、身も締まり、味の要素が増えた分、ワインのうま味と呼応しやすいんだと感じます。また、そのままでもいいけれど、さらにレモンやすだちなど柑橘の酸味を合わせ、いまの時季なら実山椒など切れのいい辛みを散らせば、爽やかな酸が立った白ワインと非常によく合います。というか、これを知ってしまったら、普通の刺身じゃ物足りなくなってしまう。幅広の昆布を家にストックしておいて、天気のいい日は刺身を買って、家で昆布〆にして冷えたワイン開けよう、となる。
ごくまれにですが、新鮮で生臭さを感じなかった刺身が、ワインを合わせたとたんに急に生臭く感じること、ありませんか? その原因は、魚に含まれる不飽和脂肪酸が、ワインに含まれる鉄分などで分解され、生臭さを発生させるからなのですが、あらかじめ魚に柑橘類の酸を加えたり、オイルでマスキングしたりすることで、このいやな現象を抑えることができます。昆布〆もしかり。
話がやや長くなりましたが、そんなわけで今回ご紹介するのは「昆布〆白身魚のカルパッチョ実山椒オイル」です。
刺身を昆布に挟み、冷蔵庫に数時間置いておくだけで、びっくりするようなうま味爆弾みたいなつまみができるという幸せ。せっかく昆布文化のある日本に生まれたわけだし、試したことがない人は、だまされたと思って一度作ってみて欲しい。刺身を買ったら、ついでに幅広の昆布も。
ちなみに昆布の種類はなんでも大丈夫。富山の鮨屋の大将に、そう教わりました。富山の昆布専門店では幅広の真昆布が昆布〆用に売られていましたが、このサイズはそうあちこちにはないから、普通に長細い昆布で。あまり表面が凸凹していないほうが、魚が昆布に密着して、昆布のグルタミン酸をしっかり取り込めます。ちなみに私が使っている昆布はこんな感じ。幅広は、都内にある富山のアンテナショップ「いきいき富山館」で購入。昆布〆に使った後は、普通にだしを取ったり鍋に入れたり、煮物に使ったりします。夏なら冬瓜と煮てもいいですね。だしごと冷蔵庫で冷やしておけば、暑気払いの冷製煮物になります。
また、今回は前回ご紹介した実山椒をオイル漬けにして使います。でも、そもそも実山椒がない、面倒だという方は、代わりに柚子胡椒を使っても。ほかにも大葉やみょうがなど、今の時期に出回る薬味を加えるのもありです。昆布〆にさらにさまざまな香りが重なることで、一層食欲をそそります。そう、人間が食べ物をおいしく感じる要素の大部分は、香りが重要な役割を占めているのだから、香りはおいしい調味料と一緒です。
では、パパッと作っていきましょう。
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