母が逝った日、認知症の父が呟いた本音

若年性アルツハイマー型認知症の父親、ステージⅣのがんの母親と暮らすあまのさくやさん。母親の容体の急変に、父親と急いで病院へ向かいます。母親の死に直面したとき、どのような思いを抱くのか、その心情を赤裸々に綴ります。

※これまでのお話は<こちら>から。

母が逝った日

― 2018年 父66歳 母62歳 私33歳 ―

12月15日。その日の朝方、寝たり起きたりの間で不思議な夢をみた。

夢の中では、母が家にいた。自分の足で立って歩いている。そして母は、がんに蝕まれて痩せていく以前の姿だった。色白で、今より肉付きもよく、年齢よりも若く見られる可愛らしい母だ。

なぜか、母は父と一緒にお風呂に入っていた。(両親の名誉のために言っておくと、そんな場面は生涯一度も見たことがない!)

お風呂から上がり、元気そうながらも歩くとふらつく母を支えて階段を上がり、2階のリビングにたどり着くと、母はソファの足を背もたれにして、床に座り込んだ。
私は「なんで床に?ソファに座りなよ」と促しソファを見やると、そこには洗濯物が散らばっていて座れる状態ではなかった。慌てて片付けようとする私を見て、母も笑う。お風呂上がりの元気そうな母の姿が懐かしかった。

ああ、お母さんは、家に帰ってきたんだなあ。よくなったんだなぁ。
この穏やかな時間が少しでも続くといいなぁ…と、幸せな安心感が心に広がった頃、ふと目が覚めた。

ああ、夢かあ…そりゃそうだよね…と、母がいない家で、大きなため息をつく。

夢の中で再会した元気な母。このとき、私の目にはもうここ数週間の、ベッドに伏せるやつれた母ばかりが焼き付いてしまっていることに気がついた。

「あの頃の姿を、忘れていてごめんね…」と脳内で母と会話しながら、もう少し寝ようかと寝返りを打とうとした瞬間、携帯が鳴った。病院からだ。ブワッと全身に鳥肌が立ち、すぐに起き上がって電話に出た。いやな予感しかしない。

電話向こうの主治医の声は、冷静ながらも興奮した様子で、早口だった。
「お母さまの容態が、今朝から急変しています。酸素が落ちているんですが、人工呼吸器をつけてもご本人がすぐ外してしまうんです。とにかく、ご家族で病院にきていただいたほうがよろしいかと思います」

大急ぎで弟と父を叩き起こし、兄にも連絡を入れる。寝ぼけまなこの父にも説明もそこそこに支度を急がせ、起床して30分以内にはもうタクシーに飛び乗っていた。

病院に向かう間、父は「これからどこにいくんだっけ?」と何度も聞いてくる。「お母さんの病院だよ」と手短に答え、丁寧な説明は拒否した。その時の私には、父の気持ちに寄り添う余裕はなかった。

タクシーの中で、私はすぐに母の兄弟や父の姉である聖美さんにLINEした。そのあと、誰にまで声をかけようか、少しの間悩んだ。両親と長い付き合いの友人夫妻にも声をかけるべきか。肉親はともかく、果たして、友人までも呼ぶべき日なのだろうか?

少しためらったあと、友人夫妻にも連絡を入れた。心では、やむなく集まれない人が一人でもいればいいと願っていた。あの人にまだ会えてないもんね、と母を引き止める理由になるかもしれないから。

しかし皆一様に、「すぐに向かう」という返事が来た。土曜日ということもあって、全員が都合をつけて集まることができるという。「ありがとうございます」と返信を打ちながら、自分のいやな予感がはっきりと輪郭を持ち始めた。

ああ、今日が母の選んだ日なのか……。

いい天気の土曜日。あまりにも最後にふさわしい日だった。


呼吸が止まる瞬間

病院に着くと、この日の母の様子は明らかにそれまでとは違っていた。とにかく息をすることに必死で、話ができそうな様子は毛頭なかった。私も弟も必死で呼びかけながら、手や体をさすると少し呼吸が和らぐ瞬間はあったが、母は苦しみで同じ姿勢を保てず、ずっと体を動かし続けていた。

人工呼吸器を装着させようとしても、母はそれを嫌がり、手で払いのける。見ていることしかできない無力さを感じながら、今の私たちにできることは、もうひとつしかなかった。

「母が嫌がるなら、呼吸器はつけなくていいです」

兄弟合わせての決断を主治医に伝える。その他、じゃらじゃらと母の体に付いていた機器や管も、最小限にしてもらえるように頼んだ。
母の体を、少しでも楽にしたい。これ以上一つも負担をかけたくないと、直感的に思った。

病室には、呼びかけた全員が集まりはじめていた。苦しむ母を目の当たりにした父も、戸惑いながらもどこかちゃんと状況を理解しているようで、パニックを起こしてはいない。

母の着替えをさせるので、と看護師に促され、全員で一旦病室を出た。
心臓は、ずっとバクバク言っている。母の友人に「今日は長くなるから、少し休んでいた方がいいよ」と言われ、確かにそうかもしれないと思い、病院の売店に足を向けた。売店前では、兄の奥さんと子供が、早めの昼食をとっていた。

私もその輪に加わり、一服することにした。6歳の姪と3歳の甥にパンをおすそ分けしてもらいながら無邪気な会話に混ざると、張り詰めていた心が少し緩む。ほんの数メートル先にある母の病室とはまったく違う世界に来たかのように、姪と甥に癒されながら気づけば30分ほどそこにいた。そして兄からの着信でハッとした。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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コメント

3839Ay 母親が死ぬ話にはほんとよわい(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`) 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

sako650 >お昼にカレー食べながら読んでいて、お店で泣きそうになってた。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

seigo_roo #スマートニュース 4ヶ月前 replyretweetfavorite

HirokoMeru #SmartNews こんな日がいつか来るのだろうかと思うと、正直どう振る舞って良いのか分からない。。 気丈に?素直に?分からない。。 https://t.co/e7CjYRNjIn 4ヶ月前 replyretweetfavorite