母子手帳……持ってません
——母子手帳をお願いします。
——すいません、手元にないので。
Kangalさんによる写真ACからの写真
小児科の受付で初めてこの会話をしたのは、離婚して何ヶ月か経って、インフルエンザの予防接種を受けさせようとしたときだった。
離婚してから、母子手帳がどこにあるのかはわからない。
引っ越しのどさくさに紛れて失くしてしまったのか、あるいは元妻がいまも持っているのか。
後者ならまだ存在はしていることになるが、元妻とは「母子手帳ある?」と気軽に聞ける間柄ではなくなっている。
そうした事情を手短に話すと、母子手帳がなくても注射を打ってもらえた。
——お父さん、お子さんの予防接種はされてます?年齢的に、まだ幾つか残ってるはずですけど。
聞かれた私は戸惑った。
何をどこまで受けたんだろう、あと何を何回受ければいいんだっけ……。
子どもは、母親の胎内にいるときにさまざまな病気に対する免疫をもらう。
だがその免疫は、時間が経つとともに少しずつ失われていくので、新たに外から接種しなければならない。
それが予防接種と呼ばれる注射なのだが、生後2~3ヶ月から小学生頃まで、いくつもの種類のものをそれぞれ複数回受けなければならない。
次の注射を打つまでに間隔を空けなければならないものもあり、とくに乳児期の予防接種の予定を立てるのはとても難しい。
たとえばこちらの記事、赤ちゃんの予防接種スケジュールに例が載っているとおり、バイトのシフト表を作る担当者なみのスケジュール管理能力が必要になってくる。
この予防接種の記録は、すべて母子手帳のみに記載されていて、それがなければ履歴を追うことができない、ということを私は初めて知った。
しかも、その情報はどこかにバックアップが取られているわけではなく、今回のように母子手帳が行方不明になってしまうと完全に詰んでしまう。
やれAIだクラウドだと言われている時代に、子どもの命に関わる重大な情報が、紙に手書きで管理されている……衝撃的だった。
とはいえ、そこで負けているわけにはいかないので、区役所の子ども育成課に相談してみた。
役所の職員の方たちもザワついていたが、私が以前に住んでいた、東京の武蔵野市と武蔵村山市の市役所に問い合わせてもらえることになった。
任意接種のデータが行方不明
約1ヶ月後に、子どもたちの予防接種のデータが届き、ワクチンの種類と注射をした日付をまとめた一覧表をもらった。
BCG、ヒブ、肺炎球菌、日本脳炎……いずれも何回かに分けて受けているので、2人あわせて40個近くの日付が記載されている。
保健師さんに相談したところ、その年のうちに長女はMR(麻しん風しん混合)の2期目を、次女はMRの2期目と日本脳炎の1期2回目を受けなければならないことがわかった。
——申し訳ないですが、ここにあるのは定期の予防接種のデータだけなんです。任意の予防接種のデータは役所には残っていないので、病院に直接聞くしかないですね。
ロタウィルスのワクチンは接種させた記憶があるが、おたふくについては覚えがない。
子どもたちが小さい頃に住んでいた東京では、何度も引っ越しをしてそのたびにかかりつけの病院も変わったので、どこの病院に聞けばいいのかわからない。
探偵ナイトスクープに依頼することも考えたが、おたふくは受けていなかったような気がしたので、1回目の接種として受けることにした。
予防接種には絶対に受けたほうがいいという説と、副反応が怖いから一切受けないほうがいいという説とがある。
予防接種を受けさせるに当たって気になった私はいろいろ調べたが、「ほどほどに受けとけばいい」みたいな中庸の考えは見つけられなかった。
それなら、どちらかといえば副反応のほうが怖いな、と思った私は、いくつかの予防接種を受けさせないことにした。
次女のBCGはその理由で受けさせていなかったのだが、おたふくもそれと同じだった気がしたのだ。
「母子」手帳のプライベート感
windy163さんによる写真ACからの写真
こうして、なんとか予防接種問題を解決したのはいいが、子どもの命に関わる超重要なデータが母子手帳にしかない、という事実へのモヤモヤは残った。
結婚していた頃、私は予防接種の関連本を読み漁り、ネットで調べ、何人かの小児科医にたくさん質問して、予防接種を受けさせるべきかどうかを真剣に悩んだ。
ところが、複数の予防接種を並行して受けさせるスケジュールや、その進捗についてはすべて元妻に管理してもらっていた。
それは「母子」手帳で予防接種のデータを管理するシステムのせいだった。
母子手帳には、予防接種だけでなく、妊娠中と産後の母親の体重や健康状態、母親学級の受講歴から、生まれたときの子どもの体重や身長、検診の記録など、母親と子どもに関する情報を書きこめるようになっている。
さらには、その時々の感想を書く欄もある。
元妻は筆まめなほうではなかったが、それでも生まれてきた子どもへの愛おしい気持ちや心配事、月齢や年齢に応じた細かい観察などが書かれているのをちらっと見たことがあるが、見てはいけないものを見た気がしてそっと閉じた。
なんというか、非常にプライベートな情報に触れてしまった気がしたのだ。
「母子」というネーミング
もちろん、妊娠中や産後の、母親の心身の状態は記録しておく必要があるのだろうし、乳児の健康状態は、多くの時間を一緒に過ごしているのなら母親が記録するのが妥当だろう。
母親の感想も、時間が経って、たとえば子どもが反抗期になって「本当に憎たらしい」と思うような時期に読み返せば、気持ちを新たに子どもに向きあえるきっかけになるかもしれない。
私自身、母親がつけていた母子手帳を10代の頃に読んで、自分の親はこんなふうに親になっていったんだ、と知って驚いた記憶がある。
だが、母子手帳に予防接種のデータや、出生時の身長・体重など、子ども自身のプライベートな情報が集約されていることには納得できない。
予防接種のデータは子どもの命に関わることだし、小学校の入学時や、海外に留学する場合などに提示を求められる。
それほど重要なデータがアナログ方式で管理されていることには違和感を禁じ得ないし、なにより「母子」手帳というネーミングからは、「子どもの情報は母親が管理するべき」「育児は母親が主体となってやるもの」という考えが透けて見える。
「子ども手帳」か「親子手帳」でよくない?
結婚していた頃、私は妊婦検診にも母親学級にも、子どもの検診にも予防接種にも毎回付き添って行っていた。
スマホで子どもの写真を撮りまくっては毎月1冊ずつアルバムにまとめていたし、休日には絶対に予定を入れず、家族だけで過ごしていた。
要するに子どもに関することには興味津々だったのに、予防接種のスケジュールの管理は元妻に丸投げしていた。
いや、予防接種だけではない。
子どもが風邪をひいて病院に連れて行くとき、小さいうちは母子手帳の提示を求められることが多かったので探したがしまってある場所がわからず、元妻のパート先に電話をして聞いたこともあった。
それは、「母子」という聖域に属する母子手帳や、そこに記載されている事柄に、母親以外の者が安易に手出し口出しをすべきではないと考えていたからだろう。
だが、離婚してシングルファーザーとなり、小児科の受付や、保育園・小学校への提出書類で、子どもの予防接種のデータや出生時の身長・体重を開示するよう求められるたびに、私は「父」として、日本における子育てのシステム上、そうした情報から遠ざけられ続けてきたことを実感した。
はっきり言おう、「母子手帳」ってネーミング、やめにしませんか?
「こども手帳」でええやん。
それか、せめて「親子手帳」。
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