第八回】仙川の湯と天せいろ (後編)

通っていた高校がある仙川に訪れ、お風呂でさっぱりリフレッシュした久住さん。学生の頃通っていた懐かしの通学路を通って、飯屋探し。歩みを進めると、あんな店やこんな店もあったと記憶が徐々に蘇ってくる。今回も17歳当時の思い出話が盛りだくさん! 「孤独のグルメ」の原作者・久住昌之がふらっと立ち寄る銭湯と食事処の話、仙川編、後編です。

 外に出ると、さすがに暑い日差しだが、不快ではない。むしろ夏が嬉しい。
 歩いて仙川の商店街に向かう。
 商店街の入口の十字路に、神代書店がまだある。今日は日曜日で休みだ。この書店は高校のときからあった。毎日この前を通って高校に通った。建物が大きくなっている。
 その斜向いに交番があった。それはもうない。そこの交番に名物警官が何人かいた。そのひとりに睫毛の濃い、つぶらな瞳の警官がいて、ある日誰かが神代書店に行ったら、彼が雑誌「薔薇族」を立ち読みしていたという噂が流れた。それで彼のあだ名は「薔薇のおまわりさん」になった。たぶんその噂はウソだと思う。
 商店街に入る。全然憶えている店がない。というか、昔ながらの店は一軒もない。
「かぶとむし」という喫茶店があって、よく行った。それは二階で、一階はレコード店だった。そこでもよくLPレコードを買った。ジョージ・ベンソンの「ブリージン」がCMで話 題になっていた頃だ。荒井由実の二枚目の「ミスリム」を買った頃だ。久保田真と夕焼け楽団のゴジラのジャケットの「サンセット・ギャング」を買った頃だ。 どんどん思い出す。
 ラーメンと焼きそばだけの「ネズミ屋」と呼ばれる小さな店があった。看板が出ていないから通称だ。本当の店名を誰も知らない。そこのラーメンの大盛りを頼むと高校生でも完食に苦労するといわれた。物凄く安かった。味は全然覚えていない。でもある日焼きそばを頼んだら、麺がタバコ臭かった。
 ラーメン屋は「熊王」というのがおいしかった。ニンニクを入れると特においしかったが、五時間目がある時は我慢したりした。
「よしきり」という甘味屋もあってそこでもラーメンが食べれられた。
 いや〜、どんどん思い出す。
 商店街の洋品店の店頭に「モンペパンタロン」という商品が売られていて、みんなで爆笑した。要するにオバチャンの穿く、上がゴムでナイロン製のパンツだ。でもそ のネームングが凄い。野暮ったい女の子に「モンパン」というあだ名がついたりしていた。ヒドイ。「乾燥キューリ」というあだ名の子もいた。そのあだ名はボクがつけた。ヒドイ。
 商店街からちょっと横に入ったところに「日東紅茶」という喫茶店もあって、そこも神代高校生の溜まり場だった。その近くに雀荘があって、行く友人もいた。ボクは麻雀は最後までできなかった。
 今は全部ない。一軒も思い出の店は残っていない。
 ただ、元日東紅茶の近くに、今、画材店があって、それが高校生の時からそこにあるような気がする。が、はっきりわからない。

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ふらっと朝湯酒

久住昌之

三度TVドラマとなることが決定した「孤独のグルメ」の原作者久住昌之が、新たに提案するのが“ふらっと朝湯酒”。その名の通り、朝からお風呂入って一杯飲るという試みを、やってみようというエッセイである。朝から飲むからって、♪朝寝朝酒朝湯が大...もっと読む

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takanorim_ よかった。 約5年前 replyretweetfavorite