でも人には、それぞれ役割というものがあります」|八面六臂(三)1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。


 伊藤が帰った後、大隈が一人盃を上げていると、綾子が入ってきた。

「伊藤さんを門まで送ってきました。あなた様自らお送りしなくてよろしかったんですか」

「ああ、そんな気分になれなくてな」

「どうしたんですか」

「そなたに言っても分からぬ」

「では、結構です」

 綾子が膳の上のものを片付け始める。

「すまなかった。実はな—」

 大隈が顚末を語ってやった。

「ということは、あなた様がここまで牽引してきた廃藩の大業を、最後になって西郷さんに持っていかれるわけですね」

「そういうことだ。しかし戦国の昔ではない。われらは、功名を挙げるために政治をしているわけではない」

 大隈が自嘲する。

「でも、何とも理不尽なことではありませんか」

 綾子が口惜しげに言う。

「致し方ないことだ。だからといって大蔵大輔の地位を利用し、意地の悪いことをするつもりはない」

 大隈は政府予算を握っているので、廃藩にあたっての諸経費に難色を示すことはできる。だが、それでは感情に負けて大局を見失うことになる。

「あなた様のことは分かっています。でも大政奉還の時も—」

「そうだったな。あれも鳶に油揚げをさらわれた」

 あの時は鳥羽・伏見の戦いが勃発し、大政奉還自体が意味を成さなかったので、土佐藩の後藤に功を奪われた気はあまりしない。

 —だが、今度ばかりは無念だな。

 大隈は、自ら唱えてきた早期の廃藩を自らの主導で推し進めたかった。

「でも、それが逆によかったかもしれません」

「えっ、どうしてだ」

「あなた様が陣頭に立てば、廃藩に反対の士族の方々から、『維新の功がない者が何を言っている』という声が上がるでしょう。でも西郷さんが立てば、誰も文句を言えません」

 それが岩倉や大久保の狙いなのは間違いない。

「まあ、それはそうだが、どうしても割り切れんのだ」

「その気持ちは分かります。でも人には、それぞれ役割というものがあります」

「役割、か」

 —どちらかといえば、わしは実務家だ。政治家ではない。

 自分の適性は、大隈にも十分に分かっている。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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