大西郷の実績と人望が必要なのです」 |八面六臂(二) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。


 明治三年(一八七〇)九月二日、大隈は参議に就任し、初の入閣を果たした。大蔵省の実務を取り仕切る大蔵大輔兼任なので、政治家としても行政の長としても、大隈は絶大な権限を握ることになる。

 この背景には、大隈の政治理念と実務処理能力への政権内の高い評価があった。すなわち藩という枠組みが近代国家への道を阻害しているのは明確で、それを打開していくための道筋を付けられるのが大隈しかいないという、大久保・木戸両派に共通した認識の表れでもあった。

 明治三年になっても、諸藩は民政権、財政権、軍事指揮権、裁判権を保有しており、とくに諸藩軍の指揮権や軍備が諸藩の所有のままなので、外国軍の侵攻があった際、日本軍は国家軍として統一された指揮の下での戦いができない状況にあった。

 大隈は閣議の度に、「何を措いても近代化に邁進すべし」と説き、少しでも反論があれば、完膚なきまでに論破した。

 そんな時、伊藤が大隈邸にやってきた。

 二人は早速、一献傾けながら語り合うことにした。

「伊藤君がここに来るのは、久しぶりだろう」

「ええ、あの日以来ですね」

 あの日というのは、薩摩藩士たちが押し寄せてきた時のことだ。

「もうああしたこともないだろうが、われらもいつ何時、暴徒に襲われるか分からない。用心せねばな」

「その通りです。とくに大隈さんは危ない」

「ははは、それは分かっている。だから人力車に乗る時は、ピストルをシートの間に隠している」

「それだけでは不十分ですが、大隈さんは聞く耳を持たないでしょう」

 この頃、政府の閣僚たちは、養っている書生たちを人力車の周囲に配して出掛けていた。

「人は天命に従って生きるだけだ。天命が尽きれば、潔く墓に入らねばならん」

 伊藤の前では威勢のいいことを言ったが、本音を言えば、大隈も死にたくはない。とくに近代化が道半ばの今、簡単に死ぬわけにはいかない。

「今日は、それに関する話で来ました」

「えっ、警護のことか」

「いえ、そうではなく—」

 伊藤が思い詰めたような目で言った。

「政府が廃藩へ向かっているのはご存じの通りですが、巷間では大隈さんが廃藩の急先鋒と思われ、不平士族の憎悪を一身に背負っています」

「まあ、それが事実だから仕方あるまい」

 伊藤の言葉は尤もだが、それでも大隈は近代化への歩みを止めてはいけないと思っていた。確かに士族の怨嗟の声や民衆の困窮話は、大隈の耳にも入ってきている。だが近代化を成し遂げ、日本が国家として自立するまでは、国民に堪えてもらわねばならないというのが、大隈の信念だった。

「実は、ここに来て木戸さんに迷いが出てきたのです」

 木戸はこの頃、参議に復帰していた。

「それはどういうことだ」

 大隈の急進改革路線を支持し続けてくれた木戸が、まさか日和見になるとは思ってもみなかった。

「昨年、木戸さんは脱退騒動を収めるべく長州に帰りましたが、その時に民や卒族の困窮を目の当たりにし、『まずは救恤策に予算を回そう』と言い始めたのです」

「それは間違っていないが、ここで乏しい政府の予算をそちらに回してしまえば、近代化は大幅に遅れる」

「分かっています。しかし東北では餓死者まで出ているという現状では、為政者として、とても近代化優先とは言えないでしょう」

「それを言うのが政治家なのだ」

 大隈が膳を叩いたが、伊藤は平然と右手を前に突き出した。

「お待ち下さい。木戸さんは廃藩を進めないとは言っていません。ただすべての改革を同時並行的に行うことで、士族や卒族の過剰な反発を避けるべきだと言っているのです」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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