十五
何かが決定すると、大隈の動きは速い。まずフランスの候補は除外となったので、パークスに面談し、イギリスの資本家で、こうした私募債による資金調達に長じた者の紹介を依頼した。むろん鉄道に詳しいということが条件となる。
これを聞いたパークスは、英国人ネルソン・レイを紹介してくれた。レイはかつて清国で総税務司(外交アドバイザー)の任に就いており、そのコネクションを使って鉄道を敷設しようとしたが、清国の混乱で挫折していた。だが英国人の資本家から一部の資金を預かっていたため、それを返すのも嫌だと思っていたところに、渡りに船の話だった。
しかもレイは、たまたま来日しており、パークス邸に居候していたので、パークスが呼ぶとすぐに出てきた。
レイは二十七歳という若さだったが、英国の爵位も有していたので、大隈と伊藤は信頼できる人物だと思った。しかもレイは鉄道技師だったという経験から、鉄道敷設のメリットを熟知していた。
レイが力説する。
「鉄道によって交通の便が改善されると、既存の市場が拡大すると同時に、新たな市場が生まれ、そこから上がる富は莫大なものになります。私募債で行われた英国での初期の鉄道敷設も、予想以上に収益性が高く、投資資金の償還も計画通りに終わりました」
レイの話は、大隈と伊藤が前のめりになるほど魅力的だった。
「しかし鉄道の敷設だけは迅速に行わねばなりません。というのも情報が漏れると、資産家や実業家が鉄道敷設予定地と目される土地を買い上げようとします。そして国に高く売りつけ、利鞘を得ようとするのです。土地の買収価格の高騰は計画を遅延させ、それがまた新たな土地の買い上げを呼び、予算はオーバーし、計画は遅延を余儀なくされます」
鉄道に詳しくない大隈と伊藤にとって、レイの話は学ぶところ大だった。
結局、この日は話を聞くだけで終わったが、数日後に行った際に、レイは見事な計画原案を提示してきた。
そこには鉄道敷設のメリット、建設区間、工事開始日と完了日、技師や職工の人員計画、必要な資材、工事費用の概算、借款の償還期間、同方法、同利払方法、利子率などが、微に入り細を穿つほど書かれていた。
レイの提出してきた計画書は、清国向けに作ったものを転用したのは明らかだったが、こうした緻密な計画書を見たことのない大隈らは、レイこそ、この国家の浮沈を左右する大計画を託するに足る人物だと思った。
だが用心深い伊藤は、計画書の緻密さとは裏腹な委託契約書の単純さに疑問を呈した。
確かに大隈も「これでいいのか」と思ったが、レイによると、委託契約書は誰に委託するかだけが明記されたもので、詳細は計画書を参照することになっているとのことだった。
結局、十一月中に、大隈らはレイと契約を締結することになる。レイは勇んで帰国し、すぐに投資家を募ることになった。
十二月、大隈と伊藤は、パークスから「緊急の用件あり」という電報をもらい、人力車で横浜にあるイギリス公使館に駆けつけた。
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