十三
「人斬り半次郎」こと中村が、その鋭い顔つきに似合わない素っ頓狂な声で言う。
「おう、おはんがここん主か!」
「そ、そうだ」
仕方なく大隈が前に出る。
中村は、さも感心したように邸宅と庭全体を見回すと言った。
「広か屋敷じゃな。おいのうちの十倍はあんの」
中村は城下士(上士)の出だったが、極貧の中で育ち、少年時代には小作や畑の開墾で一家の家計を支えていた。
「こげん広か屋敷を政府からもらえたんじゃ。おはんは、よっぽど維新で功があったんじゃろな」
大隈はどう答えていいか分からない。
「志士として走り回っておったのかの」
「いや、そうでもない」
志士活動を始めて数日で捕らえられたとは答えにくい。
「じゃ、幕臣や会津藩兵をどいだけ斬ったんか」
「一人も斬っておらん」
「えっ、一人も斬っておらんち、今ゆうたか」
「ああ、そう言った」
「そうか。志士活動も戦もしとらんじゃったか」
中村はとぼけた顔で背後の仲間を見回すと、「おう、そうか!」と言った。
「そいでは、軍ば指揮しちょったんか」
「いや、していない」
「じゃ、ないをしちょった」
「わしは——」
大隈が胸を張って言う。
「長崎で外国人の相手をしていた」
中村の細い目が大きく見開かれる。
「こいつはたまげた。おはんは男芸者をやって、政府からこげん広か屋敷をもろうたんか」
背後の薩摩人たちが一斉に沸き立つ。
「そうではないが、そなたに何をやってきたか語っても、きっと分かってはもらえぬ」
「なんじゃち!」
中村の顔つきが一瞬にして変わった。殺気が風のように吹いてくる。
——どうやら学問について、何らかの劣等感を抱いている御仁のようだな。
中村が感情を剥き出しにしたので、すぐに察しがついた。
「おはんは、わしがなんも知らんと思うちょるんか」
中村が刀の鯉口に触れながら一歩近づく。
「いや、そうではない」
大隈が弁明しようとしたが、中村がかぶせるように言った。
「おはんらは、ないもせんで政府に取り入り、甘か汁ば吸うちょると聞いた。とくに武士をなくそうなっどは言語道断じゃ!」
「そうれは誤解だ」
ようやく中村たちの来訪の目的が分かり、大隈は応戦の態勢を整えた。
「このままでは、この国は外夷の食い物にされる。それを防ぐには迅速な近代化が必要だ。近代化のためには幕藩体制の頸木から脱さねばならない。つまり諸藩の富や兵を中央政府が一元的に管理するのだ。それが版籍奉還であり、版籍奉還こそが近代化への第一歩になる」
こうした演説が得意な大隈だが、誰でも分かるように説明するのは苦手だった。
「つまるとこ、おはんは藩も武士もなくすっちゅうとな」
「ああ、なくす。そんなものはこの国にとって百害あって一利なしだ」
その時、背後から袖を引く者がいる。ちらりと見ると久米が苦い顔をしている。その向こうでは、伊藤らが蒼白となって首を左右に振っている。
——ああ、しまった。
大隈はうっかり本音を言ってしまったことを悔いたが、後の祭りだった。
「やっぱい、おはんらは奸賊じゃ。斬る!」
中村が抜刀しようとしたその時である。
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