「よかろう。一部にそういう輩がいるという話は聞いた」
「分かりました。では正貨の交換に応じます」
「ありがとう」と言いながら手を伸ばすパークスを無視して、大隈が言った。
「ただし、三月末日以後に日本商人との取り引きで金札を得た外国商人とは、正貨の交換に応じません」
「冗談ではない。四月から五月にかけて金札を摑まされた商人たちはどうする!」
「ミスター・パークス」と言って大隈がパークスをにらみつけた。
「あんたは『俺が日本政府を脅して正貨と交換させてやるから、どんどん金札をもらえ』と、パーティで豪語したというではありませんか」
「な、何だと。そんなことを言った覚えはない」
「パーティで大声で話したいなら、給仕するボーイらも本国から連れてくることですな」
外国人のパーティはホテルのボールルームで開かれるので、そこに英語の分かる給仕を入れておけば、話はすべて筒抜けとなる。
——俺をなめるなよ
大隈は、何の手札もなく交渉の席に着くなどという愚を犯さない。
「この野郎——」
パークスが拳を固め、汚い言葉を並べる。
「パークスさん、お里が知れる言葉を使ってはいけません。われわれは紳士なのだから」
大隈は余裕しゃくしゃくの体で煙管を取り出すと、煙草を吸い始めた。
「分かった。それでよい。だがそれ以前の取引で得た金札は、正貨との交換に応じてもらうぞ」
「もちろんです。われわれは、れっきとした政府ですから」
パークスが自国の商人たちから賄賂をもらっているかどうかは分からない。だが接待などで甘い汁を吸っているのは間違いないだろう。
大隈は、またしてもパークスを黙らせることに成功した。
その後、大隈はそれまでの財政・貨幣部門の責任者だった由利公正を厳しく責め、由利を辞職に追い込んだ。
かつて福井藩士だった由利は、藩札発行による財政改革に成功し、その実績を買われて新政府の財政・貨幣政策を担うことになったが、不換紙幣が雪だるま式に増えても抜本的対策を講じず、手をこまねいていた。そのため物価が高騰し、社会秩序が混乱し、経済活動が停滞した。そのため岩倉や木戸が急遽、大隈を会計掛に派遣したのだ。
だが大隈が全権を握ることになると知った由利はやる気をなくし、辞任を申し出た。それに驚いた木戸は、由利に思いとどまるよう説得し、大隈と力を合わせて財政・貨幣問題に取り組んでほしいと懇請した。だが由利は頑として首を縦に振らず、以後、財政・貨幣問題に携わることはなかった。
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