明け方の若者たち

クジラ公園で、飲みかけのハイボールを

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間ーー。
6月11日に発売するライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説『明け方の若者たち』。安達祐実さんや村山由佳さん、尾崎世界観さんなども推薦する注目の作品より、1章・2章を8日間連続で特別公開します。(全8回/4回目)

五月の夜にしては冷えすぎた空気が、パーカーの隙間から入り込んでくる。火照った体がキュッと引き締まる。酔いと興奮を醒ますには、最適な気候だ。近くを走る甲州街道からは、救急車のサイレンが聞こえていた。

「いま、店でた!」

駅の方角に足を進めながら、両手の親指を、スマホに滑らせる。

冷たい風に逆らうようにフウと息を吐くと、ジョッキ三杯分程度のアルコールが、体内で急速に分解されていく。全身が緊張してきているのがわかった。

「大学の横に、小さい公園があるんだけど、わかる? 駐輪場の先」

すぐに返ってきた彼女からの連絡を見て、また心拍数が上がる。ここからだと五分もかからないところだ。通っていたキャンパスのすぐ横だけれど、小さな公園だし、初めてこの駅に来た人では、辿り着けない気もする。やはり彼女は、同じ大学の学生なのかもしれない。

「なつかしい。俺、その公園で、よく元カノとキスしてたよ」

あ、これ、ミスってる。脳が判断したときには、送信ボタンを押していた。肝心なところでセンスがないよねと、該当する元カノから注意されたことを思い出して、頬が引きつる。これから二人で会う女性への連絡としては、最低な部類に入るメッセージ。早くも後悔し始めていた。スマホは、またすぐに震えた。

「私、一度ここで、セックスしたことあるなぁ笑」

それで、なんだかもう、彼女には敵わないとおもったのだった。

そもそも何を勝ち負けとするかもわからないけれど、この、どうしようもなく低俗で下品な一往復だけで、僕と彼女の関係は、常に彼女が優位に立つのだと予感してしまった。

あらゆるものには、優劣が存在しているとおもう。平等や公平なんてものは存在しなくて、どちらかが優勢で、どちらかが劣勢で、そのバランスが安定したところで落ち着いているだけだ。たとえば多くの生き物が食物連鎖の関係に抗えないように、彼女と僕もまた、いつだって彼女が優位である。その事実を、僕はこの瞬間から、うっすらと理解してしまったのだった。

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明け方の若者たち

カツセ マサヒコ
幻冬舎
2020-06-11

この連載について

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明け方の若者たち

カツセマサヒコ

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間ーー。 2020年6月11日に発売する人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー作『明け方の若者たち』。安達祐実さんや村山由佳さん、尾崎世界観...もっと読む

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コメント

48t_ENL 玉川上水公園だった、懐かしいな https://t.co/mTb2KwfENW 4ヶ月前 replyretweetfavorite

katsuse_m 第四話 |明け方の若者たち https://t.co/0KW9YHViKr 4ヶ月前 replyretweetfavorite

kyoncy_site 今日もまたいい話だった。 https://t.co/NmLtebzpWA 4ヶ月前 replyretweetfavorite

katsuse_m 『明け方の若者たち』Cakes先行公開4話目。 発売まであと、一週間! よろしくお願いします 4ヶ月前 replyretweetfavorite