明け方の若者たち

パーティをぬけだそう!

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間ーー。
6月11日に発売するライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説『明け方の若者たち』。安達祐実さんや村山由佳さん、尾崎世界観さんなども推薦する注目の作品より、1章・2章を8日間連続で特別公開します。(全8回/3回目)

その後の「勝ち組飲み」については、わざわざ説明するのも面倒なくらい、最悪以外の感想がない。

トイレから戻ってきた石田は、ショートヘアの彼女がいないことを知ると「持ち帰ろうとおもったのに!」と騒いで、女性陣の反感と男性陣の失笑を買った。その後は「名刺交換のタイミングが難しい」というテーマに会場が今日イチの盛り上がりを見せ、男子数人の名刺交換コントにゲラゲラと笑い合う、くだらない時間が続いた。

愛想笑いにも疲れて、トイレに立つフリをして、半個室を出る。泡盛が並んだカウンター席に大げさに腰掛けると、ゆっくりと息を吐いた。酔い疲れたことを隠そうともせずにうなだれていると、カウンターの向かいから、女将がぬっと顔を出した。

「今日も騒がしいね」

呆れた顔をした女将が、大きな氷が入ったグラスに水を注いで、そのまま手渡ししてくれる。

ここは、入学当初から僕が愛用している、密かな休憩スペースだった。新歓コンパやクラコンで一気飲みをさせられた僕は、ひっそりとこのカウンターまで避難する。ボクシングのセコンドのように水を差し出してくれる女将が、頼もしくおもえる瞬間だった。

「まあ、いつもこんなもんでしょ」と返しながら、僕は冷えた水を一気に飲み干した。

ポケットからスマートフォンを取り出して、脊髄反射のようにSNSを開く。ゼミの同期が居酒屋で笑っている写真が、最初に目に飛び込んできた。今日は、所属するゼミでも飲み会がある日だった。見慣れたメンバーが楽しそうに騒いでいて、なぜか心苦しくなる。ごめ、内定者の集まりがあるからとマウントを取るように欠席連絡をした自分が、急に哀れにおもえてきた。

つい先ほどカウンターテーブルを通過したばかりの、彼女のことを考える。

せめて名前だけでもわかれば、SNSで探せそうな気もするのに。それすら聞かなかった自分の奥手具合が、今になってまどろっこしい。「勝ち組」のLINEグループにも名前がなかった彼女は、どうしてこの場にいて、なぜすぐ帰ったのだろう。どこに内定していて、どんな人間が好きで、どんな人間が嫌いだったのだろう。

いっそ自分も帰ろうかと、カウンター席から立ち上がろうとしたところだった。

日焼けした木製のテーブルの上、僕のスマートフォンが、ブブブと音を立てて震えた。

画面を覗くと、送り主の名前に、さっき押したばかりの十一桁の番号が表示されている。

期待というよりは違和感を持って、通知アイコンをタップする。展開された画面には、たった一行の、シンプルなテキストが表示されていた。

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」

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明け方の若者たち

カツセ マサヒコ
幻冬舎
2020-06-11

この連載について

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明け方の若者たち

カツセマサヒコ

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間ーー。 2020年6月11日に発売する人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー作『明け方の若者たち』。安達祐実さんや村山由佳さん、尾崎世界観...もっと読む

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sherry_pie_21 素晴らしいライティングしてはる。カツセマサヒコ氏の小説、甘々しいテイスト。/ https://t.co/AWSlyWotku 5ヶ月前 replyretweetfavorite

katsuse_m 第三話 明け方の若者たち https://t.co/wxrOiKMtCq 5ヶ月前 replyretweetfavorite

mash_january25 推し作家、カツセさんの今月から始まった連載が楽しみ 5ヶ月前 replyretweetfavorite

z4yu1 タイトルみて、 忌野清志郎さんと篠原涼子さんが過ぎったのだけれども… あと8日! 5ヶ月前 replyretweetfavorite