彼女と過ごした3年間のすべてから
── 『愛情観察』に続いて、『愛の輪郭』拝見しました。前作とは違って、一人の女性を撮っています。これはドキュメンタリーなんでしょうか。
相澤 そうです。3年弱付き合った女性を撮ったものです。基本的に、この子と過ごしたすべての時間は、ほぼ記録していました。
── 3年ということは、結構な枚数を撮ったんででしょうか。
相澤 膨大です。週に1回から2回は会って、毎回少なくとも250枚以上は撮って……、セレクト前で25万枚くらいありました。
── 前作はなるべく自分のエゴイズムをいれず、女性そのものを撮るように心がけていたと伺いましたが、今回はどうですか。
相澤 そうですね。そう見えないかも知れませんが、前作(『愛情観察』)は、ほとんど肉体関係のない女性たちです。一般の女性たちを変に巻き込んでしまわないか、という点で覚悟が要りました。
一方で、前作の写真では大胆に踏み込んでいるように見えるかもしれないんですけど……、精神的に踏み込んでない領域が結構あるんです。
今回はそういう意味では踏み込んでいて、リアルに自分の感覚や感情が入ってるんじゃないかと思います。
── 恋人との濃密な生活そのものが詰まっている印象でした。作品の最後の方では、彼女との距離がだんだん開いていくような構成ですよね。
相澤 そうですね。この写真なんかは、すこし未練のある彼女に……、一緒に見た光景とかを、送ったりしません?
── "あそこのお店まだやってるよ"みたいなやつですかね(笑)。
相澤 これは一緒に育てたダリアの花なんすけど……、"枯れたよ"とか送ってみたりして。
画像左下が枯れたダリア
── あの、立ち入った話を聞いてもいいですか。
相澤 なんでも聞いてください。
── 恋人との関係は続いているんでしょうか。
相澤 それが不思議なことに、一度終わったんですが、続いています。「(この作品を)出そうよ」という話になった時には、極めて順調だったんです。それがこの本を作っている最中に、距離が開いていきました。
「そろそろ書籍の打ち合わせを」というタイミングのすこし前に別れました。揉めたりはしてなくて、いい感じに別れたんですけど……。
── そうなんですね。
相澤 それで、元から作品化も含めて合意の上で撮っていたとはいえ、肖像権の話にもなるので、トラブルを防ぐためにも、契約書を結びましょうか、なんて話して、"こういう写真を使ってよいか"というようなやりとりの過程で、またうまいこと戻ったんです。
── なんと。それはどうしてなんですかね。写真を見返して、想いが再燃したというか。
相澤 そうかもしれません。それはそれで結構うれしいことですよね。なので、現在進行系で少しずつ関係性が変わっていったので、終盤の構成はどうするか悩みました。
── ドキュメンタリーなので、敢えてお伺いしますが、先ほどの"いい感じに別れる"って、具体的にはどういうことでしょうか。
相澤 いや、そうですね……、もう顔を見たくないっていうような喧嘩別れではなく、穏やかにっていうことなんですけど、はい。
── お互いに傷つけ合ったりもせず。自然と距離が生まれていき、という。
相澤 はい、そうですね。
── 濃い作品だけを見ているせいだと思うのですが、これだけ濃密に3年を過ごして、あっさりと別れがくるのも不思議です。
相澤 そうですね。"あ、これなんかもうダメだな"みたいな予感も、結局は作品にしなきゃいけないという感覚はありました。
── 途中に写っている花や生き物を見ながら、移ろいゆく命のように、恋の刹那が表現されている感じがありました。
付き合っているから、浮気をしないのか?
── すこし時間をさかのぼりますが、そもそも恋愛関係になる時に、「お付き合いしましょう」というようなことを言うタイプですか?
相澤 そういうのは自分はないですね。今回もとりあえず関係を持つ期間がありました。向こうもまぁ、「わたしたち体だけの関係なのかな?」みたいな感じでは、思ってたみたいですね。
── まさに写真集の最初のほうがそういう関係ということですね。
相澤 はい。撮影のときにそういう風になることは、とても珍しいんです。それでもそうなってしまっていて。
── そこからどう関係が変わっていったんですか。
相澤 たぶん自分が、「好きだ」と言うようになってからだと思います。それで、一緒にいるときに電話とかで、「いま彼女と一緒で」みたいなタイミングってあるじゃないですか?
── 他人とのコミュニケーションの中で、関係性が浮き彫りになる。
相澤 はい。その時に、「あ、彼女なんだ」みたいな感じになって、自然と、ですかね。まぁよくある話だと思うんですけど。
── まず最初に、「好きです。付き合ってください」というような始まりもありますよね。
相澤 自分はそういうのは不自然というか、しっくりこなくて。なので極論、付き合ってる、付き合ってないっていうのは、感覚だけでいいかなっていうのは、ずっと思ってて。
"付き合っているから、浮気しない"とかは、無駄な議論という気がしています。
── どういうことでしょう。
相澤 それって感覚や関係性ではない。「恋人だから」とか、「クリスマスだから」とかは、単なる固定観念ですよね。
── 意味を固定する時点で、リアルな感情や関係性からズレうるというか。
相澤 そんなの全然うれしくないというか、ありがたくないですよね。
"恋人だから、浮気しちゃいけない"ではなく、"あなたが好きだから、浮気する必要がない"であってほしい。それが自明の状態でいたいというか。
── この本に閉じ込められた、濃厚な二人の性と生活とは、そういう外部との確認ごとの世界ではなくて、「二人だけの世界」の真芯を捉えているように思いました。
相澤 自分で言うのは、口幅ったいんですが、一応この本にそういうものを入れ込んだつもりではあります。
── 不思議なもので、"別れましょう"はあるんですかね。
相澤 そうですね……(沈黙)。区切りとしてもう会わない。別れましょう、はありますね。
── お互いの距離を測りながら、なんでしょうか。
相澤 まぁでも連絡がとれなくなったら、それは終わりだなという感じもしますね。
不明瞭で抽象的な、愛という存在について
── 「あとがき」も素晴らしかったです。
あとがき
私は若い頃、当時の恋人に「あなたは私を見ていない、愛していない」というような意味のことを言われたことがある。それも一度や二度ではない。その言葉が今でも耳に残っていて、日頃から私的な写真行為において、相手を見る、相手を愛する、とはどういったことなのだろうかと考えていた。
不明瞭で抽象的な、愛という存在がなんなのかを知っておきたい。私は恋人と過ごすときは固定観念を相手に当てることなく常に相手を尊重すること、最低限そうやって恋人と接するよう心がけた。その上で恋人と過ごす時間、目の前の事実を満遍なく写真に写すことにした。
写す際に自意識から余計な概念を削ぎ落とし、感情の波とシャッターを連動させることが可能ならば、そこに写る「なにか」は感情の純度が高いものになり、それらの記録を蓄積させた先に「愛のようなもの」が浮かび上がるのではないかと考えた。
(略)
全文は「アナタとの愛のようなものたち」記事末参照
── 「あなたは私を見ていない、愛していない」と言われた、というくだりの逆説的な表現が、この本で示されていると思いました。ずっと彼女を観察して、愛でていることが伝わってくるというか。
相澤 この言葉すごいですよね。言われたことありますか?
── えっと、自分がですか?
相澤 ええ。恋人に。
── あります……、ね。
相澤 ありますよね(笑)。男って結構言われてると思うんです。
── 食事をしたり、触れ合ったりという意識的な愛情表現ではなくて、普段なにげなく時間を過ごす中で、彼女の振る舞いに注目しているか、気を払っているか、でしょうか。
相澤 そういうことです。僕も若い頃は、何を言われているか、わからなかったんです。「いや、見てんじゃん」「好きだって言ってるじゃん」「休みの日、一緒にいるじゃん」みたいな(笑)。
── 若かりし日のそれは愛ではないとすれば、なんでしょうか。
相澤 「好き」も欲の一種みたいな側面はありますよね。若い頃は、ただ欲をぶつけ合ってたみたいなところはあると思います。
── なるほど。
相澤 それで、何度か言われたりするんですよ。同じようなことを。なんでだろうなぁ……とずっとひっかかっていて、そういう事を考えながら、仕事で写真を撮ってきたんです。そのうち、もしかしたらこういうことか、みたいな感じが、段々見えてきたというか。
まあ、相手をちゃんと見れば見るほど、結局見てない時もあるでしょ?とは思うんですけどね。ただ、いい材料にはなりますよね(笑)?
── 愛の証拠、でしょうか(笑)。
相澤 その点、カメラというのは、すごくいいツールで。ただ見て撮っているだけなのと、相手を想って見ているのだと、如実に違いが現れるんです。
── ただ、撮っているだけでは駄目だと。
相澤 バレるというか。ちゃんと感情があって撮っているかって言うのは、撮られている女性は敏感に感じている。
自分がどこにいるのかわからなくなる
── 相手を想って撮るというのは具体的には、どういうことでしょう。
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