疫学的思考:新型コロナウィルスの死亡リスクの考え方【特別編第5回】

『統計学が最強の学問である』の特別編第5回は、新型コロナウイルスにおける死亡リスクの問題について。当初より感染率よりも注視すべき指標とも言われてきた死亡率ですが、では統計的にみて、この新型コロナウイルスの死亡率はどれほどのものなのでしょうか。


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自分がもともと専門としていた「疫学(epidemiology)」という学問は、日本語をそのまま解釈すれば「疫病の学問」である。英語のギリシャ語由来の語源としてはepi(上にふりかかる)+demo(人々の)+logy(学問)ということになるので、集団にふりかかる何か(疫病)のことを考える学問として成立したと捉えられるだろう。

たとえばどこかの地域で集団食中毒が発生したときに、原因を特定するのも疫学の仕事である。病気に関する専門的な資料には多くの場合「疫学」という項目があり、どれぐらいの割合でその病気になりうるとか、病気になった場合にどれぐらいの割合で死亡しうるとか、特にどういった属性(性別や年代など)の人に多いのか、といった情報が整理されている。

たとえば「肺炎」とwikipediaで調べるだけでも「日本の原因疾患別死亡者数の割合と順位では(中略)2011年から2015年まで3位であり、2015年度は死亡者数129万0428人のうち、肺炎による死者数は12万0846人であり、死亡者総数に対する割合は9.4%である。」といった記述が見て取れる(2020年5月4日にアクセス)。つまり、仮に新型コロナウィルスに由来していなくても、元々肺炎とは先進国における主要な死亡原因の1つなのである。

このように病気のリスクを定量的に把握するメリットは大きく分けて2つある。1つは行政組織が公的な意思決定をするにあたり「何にリソースを配分すべきか」を判断する上での根拠になる点である。ごく単純な例を挙げれば、100万人が亡くなる病気と10万人が亡くなる病気があれば前者を優先して解決したほうがよい。あるいはもう少し精密に判断するとしたら単純な生き死にだけではなく「どれくらいの余命が失われるのか」とか「生きているにしてもどれぐらいQOL(Quality of Lifeすなわち生の質)が損なわれるのか、という情報があったほうがいい。

実際、かつて国民病と呼ばれた結核という病気に対して結核予防法が制定されたり、新たな国民病となったがんに対して、がん対策基本法が制定されたのも「国民全体で見た時に健康に対する負荷が大きい」という疫学的な考え方が背景にあると言ってよいだろう。

もちろん、こうした疫学的知見は一部の行政担当者だけが知っていればいいというものではない。それが2つめのメリットとして私が考える、「個人がより合理的に自分の行動を選択することができる」というものだ。

基本的に、この世のありとあらゆる選択は多かれ少なかれリスクを伴う。たとえば飛行機に乗れば飛行機事故に遭遇するリスクがある。だからといって長距離を車で移動しても交通事故に遭うリスクはある。たとえば海外で凄惨な飛行機事故が起きたとニュースで見かけたあとで、何となく「次の出張は少し遠いけど、飛行機じゃなくて自家用車や高速バスで行こうか……」と考えるのはとても人間的な先走った判断である。

国土交通省の統計を見てみると、日本国内で大型民間機に乗って飛行機事故で亡くなった人間は私が調べた限りこの25年間で1人もいない。幹線すなわち主要な航空路線だけで年間延べ4000万人ほどが、延べ400億キロほど移動している中で「死者ゼロ」というのはとんでもない安全性である。

航空輸送統計調査 航空輸送統計調査(速報) 年次 2019年 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

一方で自動車での移動はどうだろうか? 警察庁の報告によれば、過去最低の数字になったとはいえ、2019年の1年間で3215名の方が交通事故で亡くなっている。人口10万人あたりで言えば2.5人ほどとなるので、平均すると日本人のうち4万人に1人は交通事故で亡くなっている。なおそのうち約1/3となる1083名は自動車乗車中の事故である。

令和元年における交通死亡事故の発生状況等について - 警察庁交通局(PDF)

どちらもリスクが「ある」か「ない」かと言われれば「ある」のは確かだが、延べ4000万人のうち1人も死亡者が出ないようなリスクを怖がったがために、知らずしらずのうちに4万人のうち1人が亡くなるようなリスクを冒すのは合理的とはいえない。

このように疫学的な知見でリスクの目安を知ることは、個人の行動を決める上でも役に立つはずだ。

では、新型コロナウィルスのリスクはどの程度のものなのだろうか? 私が「昔疫学やってたし、いろいろと人に聞かれるかもな……」とちょくちょく論文をチェックするようにしていたところ、最初に見かけたまとまった資料は中国からのこちらの論文だった。

この論文は、2020年2月11日までに中国国内で報告された全症例の状況をまとめたものである(なお余談だが、中国語では「疫学」のことをより直接的に「流行病学」と表現するらしい)。初期段階から強力な封じ込めを行っただけあり、その時点で新規の発症はかなり抑えられており、特に次のグラフから読み取れるように、武漢を含む湖北省の外側では、新規感染者数がピークを超えてかなり小さい数字になりつつあった。


※茶色が「武漢への接触あり」、黄色が「武漢への接触なし」 (出所:上記「新型冠状病毒肺炎流行病学特征分析」より。)

さらに1ヶ月後、3月11日付けのWHOの統計を見てみたところ、その時点ですでに湖北省を除く中国全土での新規の発症例は「1日に数件」という程度までの収束を見せていた。広大な中国の中で「1日に数件」という程度であれば、医療崩壊なんて起こりようがない。また、この時点での総感染者数をそれぞれの地域の人口で割ってみると、「人口10万人あたり1人~2人」という水準だと計算できる。

すなわち、先ほど示した「交通事故で亡くなる可能性=人口10万人あたり2.5人」よりも「感染するリスク」が低いことになる。感染したからといって必ずしも亡くなるわけではないことも考慮すると、きちんと封じ込めれば「交通事故以下」のリスクまで抑えられるのだ(一方で、前回の数理モデルのように1人の感染者が2.5人ずつに感染を広げてしまった場合、すぐに人口のほとんどが感染者になってしまう可能性もあることも強調しておく)。

では実際に感染した場合、亡くなるリスクはどの程度なのだろうか?

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統計学が最強の学問である

西内 啓
ダイヤモンド社
2013-01-25

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統計学が最強の学問である

西内啓

あえて断言しよう。あらゆる学問のなかで統計学が最強の学問であると。 どんな権威やロジックも吹き飛ばして正解を導き出す統計学の影響は、現代社会で強まる一方である。「ビッグデータ」などの言葉が流行ることもそうした状況の現れだが、はたして...もっと読む

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