オナニー・コンフィデンシャル

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載「ニッポンのおじさん」。今回は、アピール達者な吉村大阪府知事のそれは、一体なんなのかに迫ります。夜の世界を体感しつづけてきた鈴木涼美だからこそ見えてくる、快楽と金銭の関係とは?

他者巻き込み型オナニー

 西洋で一時期まで支配的だった「オナニー有害論」が日本に紹介され、それがいかに受容と変容を経て、無害論/必要論に接続されたか、を丁寧に紐解いた社会学者の赤川学はかつて自著の中で、オナニーを、農山漁村や軍隊、寄宿舎などで経験する「共同行為としてのオナニー」と、木登りなどの性器接触や陰部のムズムズなどによって触発されて経験する「個人行為としてのオナニー」の二類形に分けて解説した。手淫をめぐる言説の歴史社会学という氏の議論から離れた上に7段階くらい低いところに陣取って私は、もうちょい包括的な「自慰行為」について、共同・個人の二類形の他に、他者巻き込み型という類型を加えたい。

 手で性器を擦れば気持ちがいいとかオルガズムに向かって身体が進んでいくとかいうのは大体の人に共通するが、その他に何で気持ちが良くなるか、何で絶頂を引き寄せるか、というのは個人差がある。色恋で好きとか言ってよがる人もいれば、アクロバティックなセックスをするためなら寝る間も惜しんで努力する人もいれば、人を支配したりコントロールしたりする快感もあれば、モテている愛されている必要とされていると終始実感したい人もいれば、不倫や遠距離恋愛など好き合っている人との間の障害物に燃えつつ萌える人もいる。そして一人で解決するいわゆるオナニー、手淫、マスターベーション、センズリ、と呼称は何でもいいけどそれらと違って、上記のようなものの多くは一人では達成できないため、みんなダイエットして恋愛に励んだり、結婚によってパートナーを確保したり、海岸沿いでナンパしたり、マッチングアプリに登録したりするわけである。

 ただし、ただセックスする相手探しだって、人によっては結構面倒だったり困難だったりするわけで、それに加えて自分特有のその快楽を満たしてくれる人と巡り合い、了承を得て、実践にたどり着くのは途方もない道のりで、しかもニッポンでは見ず知らずの人とバーで席が隣だったというだけで話しかけるとチャラいとかキモいとか言われがちな人見知り文化があるため、性器を擦る以外の快楽を正当な手段で得るのには手間がかかる。その手間を省くために、よく言えば近道、平たく言えば売春が、そこ彼処に転がっているのが、良くも悪くもニッポンの性的快楽の世界である。

金で買える様々な快楽  

 常識的には何かしらの形でパートナーを作って求められるべき行為を、パートナーなしに得ようとするという意味で、風俗をオナニーの一種と捉えることはできる。浮気にはうるさい女性たちが、彼氏や旦那の風俗通いは容認するという場合が少なくないのは、それがセックスや恋愛よりもオナニーに近いから、とも考えられるし、パートナーではない証として金銭授受があるとすれば、風俗はお金を払うことで合法的に他者を巻き込んだ自慰行為のようなものと考えるとわかりやすいのだ。

 売春の是非は置いておいて、人の快楽が多様な形をしているとすれば、そこで売られているのも、何も単純な性器の擦り合わせなわけはない。先日、元新潟県知事が著名な作家とめでたくご結婚というニュースが流れたが、かつて彼はパパ活女子大生と関係を結んだというスキャンダルで知事辞職をした。彼の記者会見が多くの男性に「非モテ」と謎のマウンティングをされながらも、多くの女性に「かわいそう」「辞職までしなくても」「本心で喋ってる感じがした」と比較的好感触で受け取られたのは、彼が売春市場を非常に正当な形で利用しただけ、つまり性的関係と、ほのかな恋心という、一番メジャーな商品目当てに金品を支払ったのが明白だったからだ。

 よく風俗嬢のぶっちゃけトーク的な場面で、「ヤッておいて後で説教してくるオヤジキモい」とか、「自分だって買ってるくせに、こんな仕事しないほうがいいとか言ってくるやつなんなの」とか言われている、いわゆる風俗説教オヤジの話が頻出するが、彼らもまた、「自分の身体を大切にしない可愛くてバカな女の子にドヤ顔で人生を説く」という特異な快楽を得ている可能性が高い。そのオナニーに対して一応説教時間も含めたプレイ時間分のお金を払っているのだとすれば、それはほんのり色恋と単純なセックスを購入する男とは商品の色味が違うだけで、お金を払って他者を巻き込んだ合法的な自慰行為に違いない。

 極端な例ではソープに通いつめ、しかもプレイせずに話だけして帰っていく、いわゆる神客という稀少生物がいるが、彼らもまた「他の客とは違う特別な存在」とか「身体を売っているワタシの心を垣間見てくれる唯一の人」とかになる快楽を金で買っているとも考えられるので、何も神なわけではないような気がする。

女を救いたいという男の自己陶酔

 以前、政権に批判的な態度が誰かの怒りを買って、酷いタイミングで出会い系バー通いを指摘されたものの、実際は何も助平なことせずに本当に女性の貧困について取材してたらしい、と評価が二転三転した前川喜平は、どちらかというとこう言ったタイプなんじゃないかと私は見ている。当然、「セックスを目的とせずに身の上話を親身になって聞くという利用はお断り」なんていう規則は売春現場にはないので全く罰せられるべきものではないし、逆に言えば彼もまた聖人君主なわけでもなく、性器を擦るのとは違う快楽のために、お金を使った他者巻き込み型オナニーを、正当な形でしていたと見ていい気がする。つまり神でも悪魔でもなく、極めて平場のおじさんである。  

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

HiroG4410 維新の会的「ヤンキー」の薄汚い点の一つ。 記事『)に倣えば、自慰行為に他人を巻き込むのに、自らカネを払わないどころか、他人にカネを払わせるところ。 典型… https://t.co/CV5Aj2xmwy 3ヶ月前 replyretweetfavorite

HiroG4410 結局、自分が格好付けたいだけ・自己アピール等々、「自分のため」「免責のため」だろ、と。 爺ではない、ジィジィがピッタリくる。 https://t.co/Foirg3Eo0B 5ヶ月前 replyretweetfavorite

doradorakodomo 吉村知事を見ている不愉快さは、こういうことだったのかもー!と納得した。 5ヶ月前 replyretweetfavorite