自信がない自分を、嘘のポジティブで守ることをやめる

他人の目が気になって、「自分なんて」と自己否定を繰り返してしまう。この負のループを抜け出すために、サクちゃんが続けていることとは? やりたいことがなくても、無理も背伸びもせず、笑って暮らすためにサクちゃんが考え続けてきたことを、新刊『世界は夢組と叶え組でできている』よりお届けします。

「自分なんて」に足すものと引くもの

「他人の目が気になってしまう」「自分なんてと考えてしまう」人は大勢いる。わたしもそのひとりだった。むしろ幼少期から20代までずっと、自信がない人の見本のような考え方だったので、「他人の目が気になる」という人に「そんなの気にしなければいいじゃん!」とはとても言えない。

自然に〝そう思ってしまう〟ことを良くないものだと抑えつけて、嘘のポジティブで身を守るのは危険だし、どんな感情であれ、そう思ってしまうに至る原因があって、それを否定してなかったフリをして生きるのは、自分の人生ではなく「他人になること」だから、それは良くない。

「自分なんて」と自分の価値を低く見積もってしまう状態は「自己肯定感が低い」と言われている。

自己肯定感とは……

自己価値に関する感覚であり、自分が自分についてどう考え、どう感じているかによって決まる感覚です。そのままの自分を認め受け入れ、自分を尊重し、自己価値を感じて自らの全存在を肯定する「自己肯定感」の感覚は、何ができるか、何を持っているか、人と比べて優れているかどうかで自分を評価するのではなく、そのままの自分を認める感覚であり、「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在」だと思える心の状態が土台となります。

日本セルフエスティーム普及協会HP「自己肯定感とは?」より

わたしは、自己肯定感が低いのを高くしたほうがいいとは思わない。生まれもった性質や環境から当たり前のように自己肯定感をもっている人に憧れて、「あの人みたいになろう」とすることは、前向きな行動に見えて〝あの人みたいにポジティブに思えない自分〟ばかり見えてしまって、自己否定がすすんでしまうのではないかと思うからだ。

とはいえ、わたしはずっと変わりたかった。自己否定の傾向がつよく「わたしなんて」と思っていると、思考も行動も負のループに巻き込まれて、ぜんぜんいいことがないなーと気がついたからだ。

自己肯定感が低いままで、自分をより良くすることはできるんだろうか。素直さや正直さを、あとから手に入れることはできるんだろうか。できるかわからないけど、とにかくやってみようと、ここ数年はそれをテーマに考えてきた。

生まれ直さずに自分がより良いほうに変わるには、何を足して何を引けばいいのか。

足すのは、知識と、新しい視点。 引くのは、感情を抑圧するフタと、思い込み。

「自分なんて」と思ってしまう原因は人それぞれだけど、何かをきっかけに、またはじわじわと「自分には価値がない」と思うようになってしまう。そして、その思考回路の先で「自分は人に迷惑をかける」「自分は人に愛されない」などの思い込みがつよくなっていく。

そうなってしまった原因は、ほとんどの場合他者との関わりの中にあるので、そこで植えつけられて育った「価値がない」「愛されない」「嫌われる」「迷惑をかける」という価値観は〝他者にとって〟だ。それを信じると、すべてのことを他人基準の視点で見るようになってしまう。「他人の目が気になる」は、おそらくここからきている。

他人の考えや気持ちは、自分のことではないので正確にわかるはずがない。雑に言うとすべて「思い込み」で、まだ現実には起こっていない想像に傷ついている状態だ。すこし厳しい見方をすると、他人の目が気になると言いつつ、実際には自分の頭の中だけで展開されていて、他人のことなどすこしも見えていない状態だとも言える。

他人の目を基準に考えるクセがつくと、「自分の感情は相手に影響がある(主に悪影響)」と思うようになってしまう。しかも想像なので、いくらでも悪いほうに考えられる。まさに負のループにはまり「自分なんかが好きだと言うと迷惑だ」「自分なんかがよろこんでも相手はうれしくない」「自分なんかが怒ったり悲しんだりしたら相手に悪い」と、自分の感情を悪いものだと捉えるようになる。

そうして本来の感情を自分で許可することができずに、出してはいけないものとしてフタをすることになる。

好奇心や、怒りや、よろこびなどあらゆる感情にフタをすると、その抑圧から知らないうちにガマンするクセがつく。その結果「何が好きかわからない」「やりたいことがない」「イヤなことをされても怒れない」につながるのではないかと思っている。少なくともわたしはそうだった。

他人の目を基準にした思い込みと、感情へのフタを捨てるのは、ガマンするクセをなくすためと、その前に何にガマンをしているのかを知るためだ。「素直」の正反対にあるのが「ガマン」だから。

わたしは、「やりたいことがある人とない人がいるのはなんでだろう?」「どうしてわたしにはやりたいことがないんだろう?」という疑問が湧いて、しばらく考えていた。

自分の過去を遡って解明していくうちに、その原因に自己肯定感の低さや考え方の偏りが見えてきて、ここ数年のテーマ「自己肯定感が低いままでも素直になれるのか」と重なった(気になるテーマは深層でつながっているものだな)。

「やりたいことがない(またはある)」というのは、人の欲と居場所の話だと思っている。

より良くなるために「足すのは、知識と、新しい視点」と書いたけど、足すためにはまず、自分のことをよく知らないといけない。感情や欲へのフタや思い込みを剥がさないと、新しいものは入ってこない。自分のことを「どうせわたしはこうだから」と斜めに偏った捉え方をしていると、何が足りなくて何を足すべきかが見えてこないからだ。

自分のことを過不足なく捉えて知ることができると、それがどんなにデコボコでも、出すだけで誰かの役に立ったりそこに居場所ができたりする。

「自分なんて」と思ってしまう原因の思い込みを剥がしていく作業は、もちろん口で言うほど簡単ではないし、道のりは長い。

それでも、自分の人生を自分でつくるにはその道しかないと思う。というか、道の先に居場所ができて、その道を自分でつくっていいというのは、希望よね。

正直であるために、誰と一緒にいるか  

年が明けたとき、毎年同様に「これをやりたい」と目標は立てられないけど、「どうありたいか」を考えたら、俄然「正直でありたいな」と思った。

正直でありたいし、正直な人が好きなんだけど、どんな人のことかというと、単に嘘をつかないとか隠しごとをしないだけではなく、思ったことを全部口にしてしまう人のことでもない。

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桜林直子

やりたいことがない人は、どうすればいいの? そもそもやりたいことって、なに? 「やりたいことをやろう」「夢を持とう」と、やりたいことのある人=「夢組」に向けたメッセージがあふれるなか、やりたいことのない人=「叶え組」に寄り添う“考え方...もっと読む

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maumiu_mu "すこし厳しい見方をすると、他人の目が気になると言いつつ、実際には自分の頭の中だけで展開されていて、他人のことなどすこしも見えていない状態だとも言える。" 正直でありたい。 https://t.co/kJqBjMpjLx 4ヶ月前 replyretweetfavorite

familylifeshift 〝正直とわがままのちがいは、「自分のため」だけではなく「相手のため」という他者を思いやる視点があるかどうかなのかもしれない〟 https://t.co/70PRDZ3KRV 4ヶ月前 replyretweetfavorite