「ジョシュのところで勉強会。微積分学を教えてやる代わりに歴史のノートをもらう」
「ウェスリー、君は何を専攻しているんだい?」
ザックは尋ねた。ノーラと若いインターンの関係を不愉快に思う気持ちを隠そうとする——身につまされて不愉快なのだ。
「生化学です。医学部進学課程にいます」
「それはすばらしい。ご両親はとても喜んでいらっしゃるだろうね」
ザックは自分の年寄りくさい言い方に内心ぎょっとした。
「いえ、べつに」
ウェスリーは肩をすくめた。
「うちは代々馬を扱う仕事をしてるんです。家族は僕に家に帰って家業を手伝ってほしいと思ってる。僕が医学をやるならせいぜい獣医学ですね」
彼はマグにコーヒーを満たし、きっちりとふたを閉めた。
「もう、家族とは毎週この話になるんだ」
「私に家族と話をさせてくれたらいいのに」
ノーラはまつげをぱたぱたさせた。
「ノーラは存在しないことになってるから。そんなこと考えないで」
ノーラは鼻梁にしわを寄せ、愛想尽かしのふりをした。
「え?」
ザックは言った。
「君がノーラと住んでいることをご両親は知らないのかい?」
ウェスリーの顔がかすかに紅潮した。
「親が知らないことはたくさんありますよ。両親はここの学校を辞めさせて地元の公立学校に行かせようとしてたんです。珍しくもない経済的理由ってやつで。それでノーラが僕を一緒に住まわせ、部屋代と食事代の分働かせてくれることになったんです。家族は僕がそれをまかなえる仕事と住まいを得ていることだけ知ってます」
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