素直じゃないわたしが、素直さを手に入れるためにしていること

おとなになって、素直じゃないことでいいことはひとつもない、と気づいたサクちゃん。素直さはもう変えられないのか、本気で考えます。やりたいことがなくても、無理も背伸びもせず、笑って暮らすためにサクちゃんが考え続けてきたことを、新刊『世界は夢組と叶え組でできている』よりお届けします。

想像力を育てるためにしたこと

「子育てってこうだったな」と、振り返って思うことをTwitterでときどき書いている。

子育てでいちばん意識してきたのは想像力を育てることなんだけど、想像力は、自分と他者、過去と現在と未来、理性と衝動などをつなぐいちばん大事な要素だし、これからの時代により必要になると思う。想像力は数値化できないのがいいところだけど、もっと底上げされるといいな。

先日、このようなツイートをしたら「子供の想像力を育てるのに具体的にどんなことをしたんですか?」と質問があったので、ちょっと書いてみよう。

想像力はどんな時代でも大切だけど、どうしてこれからの時代により想像力があったほうがいいのか。想像力は見えないものや聞こえないものに対して使われるけど、今の時代はなんでも見えてしまうので、見えていることで想像せずにそのまま信じてしまうことが多くなり、それはとても危険だと思うからだ。

見えているものを「ほんとうにそうかな?」と疑ったり、氷山の一角であるとか数あるうちのひとつであるとか、見えない部分を想像するのはとても大事だ。

子供が小さいときから一緒にしていた遊びがある。それは、目の前にあるものをお題にして、「これがここにやって来るまでに、どんな仕事があるか」を言い合うゲームだ。

たとえばお題が「Tシャツ」の場合、「印刷する人」「デザインする人」「服屋の販売員さん」「工場からお店に運ぶ人」「布をつくる人」「Tシャツを入れる袋をつくる人」「そのビニールを開発する人」などを交互に言う。正解不正解はあまり関係なく、「あー、たしかにそんな仕事もあるかもね」という答えを思いついたほうがかっこいいという感じだった。

これを、日常のあらゆるものでやっていた。シャンプーは?エアコンは?雑誌は?アイスは?と、突然お題が出される。

くり返していると、おとなでもわからないことがたくさんあって、そういえばどうなってるんだろう?と調べたり、想像のほうがおもしろいからそのままにしたりした(ツナ缶用のマグロを選ぶ人がいるんじゃないか、とか)。どんなものにでもある定番の仕事もあって、たとえば「デザイナー」は答えを言うのに取り合いで、「どんなものも、この形にしようと誰かが決めているんだよな」とわかったりもした。

このゲームは、「想像力を鍛えよう」という意図がはじめから明確にあってやっていたわけではない。
もともとは、親であるわたし自身が、おとなになるまで「仕事」について知らなすぎたという後悔の念があったので、「世の中はいろんな仕事でできている」ということを、子供のうちから知っておいてほしいという思いでやっていた。

わたしが「知らない」と思っていた世の中の仕事も、もちろん同じように目の前にあった。それなのに「誰も教えてくれない」「教わってないからわからない」と思っていた。そうしている間に高校生になって、自分で決めないといけない状況になってしまった。知らないまま、知っている中からしか選べなかった。

このことをかなり後悔しているし、根にもっているけど、「なんで知らないのに決めさせるんだ」「もっとおとなは仕事について教えるべきだ」という言い分は、少々人のせいにしすぎだとも思う。

わたしは、自分で好きに選んでいいと知らなかった。知らないと選べないのに、自分の力で知ろうとしなかった。もしかしたら、自分には用意されていないと諦めて、考えるのをやめてしまっただけなのかもしれない。

過去の自分を反面教師に、子供には「自分で選んで、自分で決めるんだよ」「選ぶためには選択肢を増やすんだよ」「見えない部分も想像したら見えてくるよ」と教えてあげたかった。

想像力は、多様性を受け入れるためにも、情報の取捨選択にも必要だけど、いちばんの力は、どんな環境でも自分の世界を狭めずに、諦めないでどこにでも行けると思えることだと思う。視野を無限に広げられて、自分の世界を自分でつくれる。

というわけで、目の前のあらゆるものから広く遠くまで想像するこの遊び、ぜひやってみてね。

素直になることについて本気出して考えた

ここ数年「素直」について考えている。

なぜかというと、自分が素直じゃないままおとなになってしまったからだ。

「素直さ」というのは、幼少期に愛されて育った者に備わるもので、意識的にできるものではなく、同様に「素直じゃなさ」も、環境によってできあがってしまった、替えようのない変わることができないことだと思っていた。

おとなになるにつれわかったのは、素直じゃないことでいいことはひとつもないという事実だった。それはちょっとイヤだなーと思い、「ほんとうに変わることはできないのかな?」と考えるようになった。環境によって備わったネイティブな素直さは手に入らなくても、考え方を変えることであとから素直になることはできないか?と。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載はこちらの書籍よりお届けしております。

この連載について

初回を読む
世界は夢組と叶え組でできている

桜林直子

やりたいことがない人は、どうすればいいの? そもそもやりたいことって、なに? 「やりたいことをやろう」「夢を持とう」と、やりたいことのある人=「夢組」に向けたメッセージがあふれるなか、やりたいことのない人=「叶え組」に寄り添う“考え方...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

PcOihb サクちゃん、連載持ってたのか!!!(これ言うの数日ぶり2回目…) 5ヶ月前 replyretweetfavorite

DieKatz35 私も「素直じゃない界」の住人であり素直さ獲得チャレンジ途中なのですごく共感して読みました 素敵な文章だなー 5ヶ月前 replyretweetfavorite

maasaTw 素直であることって、自分の感情と向き合う姿勢だったり、感情に気づいて発信していることかな。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

koropanda1 良い話だ、、読む人によって刺さる箇所が全然かわりそうな文章 5ヶ月前 replyretweetfavorite