​感染症の数理モデル:「接触8割減」の理屈を解き明かす【特別編第4回】

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言以降、人と人の接触機会を8割削減することが求められています。どういった仮定から8割という数字が算出されたのか、そしてそれを実現すると感染者数はどうなるのか。その理屈を解き明かします。


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2020年4月7日に緊急事態宣言が発令され、「人と人の接触機会を8割削減する」ことが求められている。この数値は、厚生労働省のクラスター対策班に所属する北海道大学の西浦博教授らが感染症の数理モデルによるシミュレーションに基づいて算出したものであり、西浦教授のことを「8割おじさん」と呼ぶ者も出てきた。

「数理モデル」とはすなわち、自然現象を数学と理屈で「模そう」としたものである。必ずしも全てがプラスチックでできていない自動車や飛行機をプラスチックで極力精巧に「模そう」としたものがプラモデルと呼ばれるのと同様に、科学者たちはしばしば世の中の現象を数学と理屈で「模そう」と挑んできた。

ごく素朴な例で言えば、小学校で習う「たかしくんが時速4kmで歩いています。朝8時に家を出たとして、そこから1km先にある学校につくのは何時になるでしょうか?」という速さの問題もある種の数理モデルである。

仮に今この瞬間時速4kmで歩いていようが、ふだんから平均すれば時速4kmで歩いていようが、別にたかしくんが家から学校まで常に時速4kmのペースで学校まで歩くとは限らない。昨日先生にひどく叱られて学校に行く足取りが重い、とか、うっかり転んで足をひねってしまった、とか、逆にばったり出会った友達と「学校まで競争だ!」とかはしゃいでしまい、全力で学校までダッシュする可能性だって小学生の日常にはしばしば起こりうる。だが「そういう可能性はないものとして」という仮定を置いて我々はたかしくんの移動時間を推し量る方法を学んできたのだ。

これはいわば、「小学生男子の登校」という現実に存在する現象を、淡々と一定のスピードで歩き続けるロボットのようなモデルで「模そう」としたからこそ答えられる問題だとも考えられる。もちろん様々な仮定は現実には正しくないかもしれないが、だからといって「そんなことは誰にもわからない」と思考停止するのはもったいない。多少何らかの事情で前後するにせよ、「だいたい時速4kmで歩くなら1km先の場所にたどり着くのは15分後」と考えられれば、日々の生活の送り方をより計画的なものにだってできるはずである。

このように数理モデルとは一般的に、「厳密に正しいわけではないが、それを使いこなしたほうが良い」というものだが、その言葉を端的に示したのが統計学者ジョージ・ボックスの次のような言葉である。

Since all models are wrong the scientist must be alert to what is importantly wrong.
(全てのモデルは間違っているのだから、科学者は何が大事な間違いなのか気をつけないといけない)


(撮影:DavidMCEddy、出所:https://en.wikipedia.org/wiki/George_E._P._Box)

これはもちろん感染症に関する数理モデルでも同様である。接触機会を8割減らすべき、という数理モデルからの示唆について、具体的にどのような数式に基づいているか報道されているわけではないが、少なくとも次のような仮定を置いて計算してみると西浦教授の発言に関して報道されているのと同じようなシミュレーション結果のグラフを得ることができた。

その仮定とは次のようなものだ。

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10ricedar 冷静で納得のいく記事だけど、お偉いさんが採用してくれないと結局は意味ない 悔しい 感染症の数理モデル:「接触8割減」の理屈を解き明かす【特別編第4回】| 6ヶ月前 replyretweetfavorite

netahougaii 感染症の数理モデル:「接触8割減」の理屈を解き明かす【特別編第4回】|西内啓 | 後で読む 7ヶ月前 replyretweetfavorite

bbush_517 感染症の数理モデル:「接触8割減」の理屈を解き明かす【特別編第4回】| 7ヶ月前 replyretweetfavorite

MaxHeart24 →感染症の数理モデル:「接触8割減」の理屈を解き明かす【特別編第4回】|西内啓 @philomyu | 7ヶ月前 replyretweetfavorite