クリエイターを守るということ ―丸若 裕俊(株式会社 丸若屋)―

「会社って何だろう?ベンチャーじゃないとできないこと」と題して行われている、池袋コミュニティ・カレッジでのトークイベント。毎回、今話題のベンチャー創業社長をむかえ、コルク佐渡島庸平が、起業に至った経緯や隠されたストーリーを引き出します。7月15日に行われた第4回の様子をご紹介します。

佐渡島 丸若さんとは、つい数か月前にお会いしたばかりなのに、不思議と昔から知っている親友のような感じがします。仕事の内容もやり方も、似ているような気がして。

丸若 僕もそう思います。面白いですよね。

佐渡島 まず、丸若屋がやっていることについて、ご紹介いただけますか?

丸若 はい、丸若屋がやっていることは、とてもシンプルです。日本にある伝統工芸の技術は、世界的に見ても非常にレベルが高いものが多いのですが、そのことがなかなか国内外に伝わっていない。それをみなさんが分かるような形に翻訳して、伝えていく。そのための企画から実際に作るところまでをおこなう会社が、丸若屋です。

佐渡島 僕は、丸若屋とコルクがほとんど同じ仕事をしていると思っていて。丸若屋は製品を生み出す職人や、クリエイターの、コルクはストーリーを生み出すクリエイターのサポートをしています。丸若屋もコルクも、今までとちょっと違うサポートをしてみるぞ!というところに、価値があるのかなと思ったんですけれども。

丸若 その通りだと思います。いわゆる伝統工芸というと、みなさん一定のイメージを持っていると思うんですね。おばあちゃん家にあるものだったり、高いものだったり、守らなくちゃいけないものだったりとか。でも僕は、そのイメージは、本来の魅力のおいしいところを全部捨てて、種だけ残しているようなものだと考えています。そのイメージを変えたいという気持ちで始めたんです。

九谷焼の“乗れる”自転車

佐渡島 なるほど!丸若さんが初めて作った商品は何だったんですか?

丸若 2007年にPUMAというスポーツブランドで、九谷焼のパーツを使った自転車を限定6台、作りました。その時の僕は正直、九谷焼の知識はゼロに近かったんですが、イメージを第一に、上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま)というところをパートナーに選んで。

佐渡島 なぜ、上出さんを選んだのですか?

丸若 当時の上出長右衛門窯は、今の六代目が芸大の油絵科を出て帰ってきたばかりだったんですが、彼は自分の感性を生かした新しいアプローチを模索していたんです。だから、きっと僕の提案を面白いと思ってくれる、と思ったんですよね。

佐渡島 なるほど。九谷焼の自転車は、どんなものだったんでしょう?

丸若 僕にとって九谷焼は、色彩の美しさがとても魅力なんです。だから、色彩を一台に一色ずつちりばめた自転車を作りたいなと。それで自転車の可能な限りのパーツを九谷焼で再構成しました。サドルであったりグリップであったり・・組み替えられるところは全部。フレームもその色に合わせて一台全部、塗装しました。

佐渡島 なるほど、色にとにかくこだわったと。

丸若 もう一つ、パーツが取り替えられるようにしました。僕は、工芸品が現代では実用向きでないというイメージがすごく嫌なんです。だから、簡単に取り替えられるようにして、家にいるときは飾って、出かける時は取り替えて出かけられる実用品にしたんですよ。6台とも、即日完売しました。

佐渡島 素晴らしいアイディアですね!
 

NYで見たヒップホップ魂

佐渡島 そもそも丸若さんは、作品を見極める観察力をどうやって身につけたんですか?

丸若 おそらく最も影響を受けたのは、10代終わりから20代のときに接したストリート・カルチャー、特に、ヨーロッパのサブカルチャーですね。他にもヒップホップのカルチャーには相当刺激を受けました。

佐渡島 へぇ~。ヒップホップとは、意外ですね。



丸若 当時の僕の周りには多種多様な同世代がいました。そこで自分らしさを示すために歌でも、スポーツでも、勉強でも、必ず何かをつかまなくてはならない。

佐渡島 日本の高校生には、想像つかない世界ですよね。

丸若 はい。だから彼らは、自分の可能性を追求することに対してすごく切実なんですよね。その現実を見た時に、ああ、なんて自分は甘い生活をしているんだと、強く思ったんですよ。

佐渡島 うーん、なるほど・・。

丸若 あるタイミングで僕も彼らと同じように、自分に何ができるか探求しようと決めました。社会人になり、日本でそういう魂を持った仕事相手を探していたんですが、なかなか見つからなくて。日本にはそういうカルチャーがなくて、結局もうダメなんだと思いかけて。

佐渡島 でも、そこで見つけたのが、職人だったんですね?

丸若 はい。日本の職人のモチベーションは非常に高くて、しかも、数百年間にわたって、何代も一つのことを追求している。とんでもないですよね。なおかつ面白いのは、それがサブカルチャーであり、アンダーグラウンドでもあるということです。日本の伝統工芸が持つ、とてつもない魅力に気が付いた。その時はもう、テンションが上がっちゃって。

佐渡島 “ヒップホップなやつら”がいた!と。

丸若 そう、“ヒップホップなやつら”が(笑)。運命の出会いでしたね。
 

クリエイターのセコンドとして

佐渡島 丸若さんは今、クリエイターの「繊細さ」にずーっと付き合いながら、仕事をしているわけですが、特に気を付けていることはどんなことですか?

丸若 職人たちのモチベーションを高めることです。どんなクリエイターでもそうだと思うんですよ。モチベーションが低い状態で何かをやらせても、いいものは絶対に生まれないですよね。

佐渡島 それは、僕が気を付けていることと一緒ですね。

丸若 彼らは本当に鍛錬を重ねているので、技術力が最終的にどうかなんて、僕ら素人には分からないことが多くあります。日々鍛え上げている人かどうかだけを見極めて、モチベーションを上げて、方向づけて押し出せばもう、素晴らしいものができるのに決まっているので。



佐渡島 なるほど。職人さんに会う時に、手土産を持って行くことはありますか?

丸若 よくあります。日本人は、季節感や、健康状態、伝えたい気持ちまで、おみやげ一つで表現できる。高度なコミュニケーション能力ですよね。そういった本来の意味合いを理解したお土産選びをしよう、とはしています。

佐渡島 そういうのって伝わるんですか?

丸若 職人は感性が鋭いので、僕が思った以上に伝わっているんですよ。勝手に文脈を掘り下げられて、「お前、分かってんな、こういうことだろ」と言われて、「ええと、まあそうです」ってなったり(笑)。お土産は、自分のことを考えてもらういい口実でもあるんですよね。佐渡島さんもありますよね?自分の代わりになって居てもらう、っていう。

佐渡島 そうですね。僕は、作家によく本を持って行くんです。本を読んでいるあいだ、僕が何を思って贈ったかを考えてくれますからね。それから僕は本を“貸す”時もあるんですけど、僕は気になったページを折っているんですよ。そうすると僕がこのページの何を気になったのかな、って作家が思ったりしてくれますよね。丸若さんは、一緒に展覧会を見に行ったりはしますか?

丸若 時々します。たまに、どこの売り場でこれが売れているとか、雑誌に出ているとか、そういうことばっかり気にしている職人がいるんですよ。そういう時、展覧会へ連れて行って実際に言ったことがあるんですけど。先人の残した素晴らしい品を目の前にして、「これがチャンプとして君臨していて、一発でいいから顎をかすってみよう、っていう気持ちがないんだったら、やめたほうがいいよ」と。相当ショックだったみたいですけど、その後、がらっと変わりました。

佐渡島 なるほどね。そういう話をクリエイター相手にする人間って、必要ですよね。

丸若 やっぱり、セコンドがいないとね。

佐渡島 しかも、無責任に言わないとだめですよね。自分はできないし、ね。

丸若 もう、やってこい!みたいな(笑)。

佐渡島 うん、そうですよね・・。
 

丸若屋が描く、伝統工芸の未来

佐渡島 今、丸若さんが次に来るぞ!と思っている場所って、どこなんですか?

丸若 僕は、北陸だと思っています。

佐渡島 北陸。九谷焼もそうですね。

丸若 北陸って、技術がまだまだ埋蔵されているんですよ。たとえば京都の人たちってプレゼンテーション能力が高いから、けっこう色々な人が前に出てきているんです。でも北陸の人って、そうではなくて。

佐渡島 確かに。文化的には成熟していても、注目されず残っているっていうのは、ありえそうですね。

丸若 いい意味で、陸の孤島っていうか。2015年に北陸新幹線が通るんですけど、新幹線が通ることによって状況が変わってしまう可能性が多いにあるんですよ。

佐渡島 その前に何かやりたい、というのがあるわけですね?

丸若 そうです。だから最近、今まで以上に頻繁にコンタクトをとっています。新幹線よりも先にどうにか意識レベルを統一させたいっていうのはありますね。

佐渡島 なるほど。では最後に、丸若屋は、世の中をどういう風に変えていくんでしょう?

丸若 まず、伝統工芸という言葉自体がすごく固まったイメージになってしまっているので、ジャンルの再提案をしなくてはいけないと思っています。たとえば、“近代工芸”というジャンルを作るとする。これに分類されるものは、インターネットや流行など、現代の生活様式を多分に取り入れて変化していくもの。この場合は、生活様式をできるだけ早く吸収して消化できたものが残っていくと思います。

佐渡島 九谷焼の自転車のように、現代的なものと“伝統工芸”を掛け合わせるということですね。

丸若 はい。ただこの時、伝統には変えてはならない部分がある、というのは忘れてはなりません。その技術が何のために存在しているのか。つまりコンセプトですね。

佐渡島 まさに、そうですね。

丸若 そういう慣習を、時代に順応しすぎてしまうと本意をなくしてしまうので、守らなくちゃいけない。この二つの点を重視したうえで、新しい価値を提案していきたいと思っています。

佐渡島 丸若屋が見せてくれる新しい伝統工芸品は、いつも手に取って確かめたいと思わせてくれます。これからも、楽しみにしています。

丸若 ありがとうございます。お互い、頑張りましょう。

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プロフィール

丸若 裕俊(まるわか・ひろとし)
1979年東京生まれ。「株式会社丸若屋」代表。普遍的な”美しさ”+今という”瞬間”をモノとコトに落とし込み、現代に即した価値を導き出す。伝統工芸から最先端工業との取り組みまで、日本最高峰との”モノづくり”をおこなう。
丸若屋:http://maru-waka.com/

佐渡島 庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年講談社入社。モーニング編集部に所属し、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などを担当。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。
コルク:http://corkagency.com/
Twitterアカウント:@sadycork

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duokyuringyo クリエイターを守るということ ―丸若 裕俊ふむ。 面白い! (株式会社 丸若屋)―|コルク| 5年弱前 replyretweetfavorite

corkagency 7月の池袋コミュニティカレッジのゲスト、丸若屋丸若裕俊さんとのトークショーの内容を、記事としてまとめました。 コルクにも通じる「 約5年前 replyretweetfavorite