ザックは原稿を閉じて反応を待った。J・Pが口笛を吹くと、ザックは眉で問いかけた。
「けっこうむらむらさせられるな」
J・Pはにやりとした。
「なかなかいいでしょう? 内容は少し落ち着きませんが、文章は……」
「彼女には才能がある。言ったとおりだろ。これでもう私を殺すのはやめてくれるとありがたいね」
「あなたを殺す?」
「そうだ。君にサザリンを押しつけたから」
ザックは笑った。
「もうあなたを殺すつもりはありませんよ。でも、教えてください——彼女と仕事ができる、する気のある編集者は、本当に僕だけだったんですか?」
「ほかの誰かを引っぱり出すこともできただろうな。だが君ほど優秀な者はひとりもいない。そもそも、サザリンが君をリクエストしたんだ」
ザックは驚いて顔を上げた。
「彼女が?」
「名指しだったわけじゃない」
J・Pは少しばつが悪そうな顔をした。
「彼女は自分をいちばんきつく鞭で叩いてくれる編集者を担当にしてくれと、私に言ったんだ。真っ先に君の名前が頭に浮かび、それ以外は出てこなかった」
「僕は彼女を“鞭で叩いて”なんかいませんよ」
「君ならそれをなんと表現する?」
J・Pの目が邪悪に光る。
「本の話ですよね」
「そうだ。君がローズのパーティーを一緒に抜け出した、きわめて美しい小さな書物」
「僕はプロです」
ザックは落ち着いて言った。
「自分の作家と寝たりしません」
自宅のアパートメントまでタクシーに乗ったあと、危うくノーラを家に誘うところだった面目ない話は省いた。彼女がこれほどすみやかに僕のふところに入りこんだことがいまだに信じられない。十年間の結婚生活で、一度もグレースに対して不義を働いたことはなく、そうしたいとも思わなかったのに。
「私もサザリンに会ったことがある。君がそうしたとしても責めないよ。だがちょっとショックだな。あの“著者など知らん、作品だけが肝心だ”の主義に何があった?」
「彼女について少々潔癖すぎる物言いをしたのは認めます。彼女はいい作家です。この作品は可能性を秘めている。もし僕が彼女に入れあげているとすれば、それは単にこの作品に入れあげているからです。だが彼女は完全にいかれてる。その点、僕は正しかった」
「サザリンは物書きだ。物書きはいかれてることになってる」
「少なくとも勤勉ないかれた物書きですが。彼女はすでに、僕が命じたとおり、各章のあらすじとストーリーの新しい概要を送ってきました」
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