すべてが痛い——背中、腕、手首、指、首。あらゆる場所がこんなに痛いなんて数年ぶり、あの昔の日々以来だ——ノーラは思った。ザックは冗談を言ったのではなかった。彼は残酷な編集者だ。そして予想どおり私のお尻を蹴飛ばしている。ノーラの顔がついほころんだ。お尻を蹴られるのがどれだけ好きか、自分でも忘れていた。
ザックが書いた最初の数章についてのメモに目を通す。彼にかなりサディスティックな傾向があるとわかってうれしい。鞭は使わなくても言葉責めの才能がある。ノーラの編集者となって三日、ザックはすでにノーラを“淫売作家”、その作品を“メロドラマ” “躁病的” “非衛生的”と呼んだ。“非衛生的”というのはノーラも気に入っている。
痛む背中を伸ばしていると、ウェスリーがオフィスに入ってきて、デスクに向かい合った安楽椅子にどすんと腰を下ろした。
「書き直しの調子はどう?」
彼が尋ねた。
「最低。三日目で書き直しがすんだところは……なし」
「なし?」
「ザックが原稿をずたずたにしたのよ」
ノーラは紙片を持ち上げてみせた。出版記念パーティーの翌朝、ザックは最初の三章分だけで十枚以上のメモを送ってきた。
「あの人、ノーラにふさわしい編集者なのかな。ほかの人と仕事できないの?」
ノーラは紅茶を手に取ってひと口飲んだ。私の本が出版されるかどうかは、最終的にザックが決定権を持っていると、J・Pが言っていた。でもその情報はウェスリーには伝えていない。そうでなくてもこの子は私のことを心配している。
「たぶん無理ね。J・P・ボナーはずいぶんザックに頼みこんだみたいだし」
ウェスリーは肩をすくめて腕組みをした。
「あの人、ノーラにひどい態度だったよ。それはどうなの?」
「他人を奴隷のように扱う人なのよ。でもそういうところがいいわ。いろいろ思い出しちゃう」
ノーラは背もたれに寄りかかり、紅茶を見つめて微笑んだ。
ウェスリーがうめいた。
「いまソルンを持ち出す必要がほんとにある?」
ノーラは顔をしかめた。ウェスリーはノーラが元愛人の話を持ち出すのをいやがる。
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