「登山道の予算は北海道にはもうないので、今後の整備はしません」
北海道を代表する山、大雪山。雄大な山並みに魅せられ、全国から訪れる登山者も多いが、その山の管理主体の一つの林野庁のある担当者は、こう言い放ったという。
大雪山系は人気も歴史もある国立公園。しかし2009年には8人の死者を出したトムラウシ山集団遭難という悲劇を生んだ。山の環境を整える投資がなされる理由は十分にあるはずだが、その根本が揺らいでいる。
登山者の安全を担保するために欠かせない登山道の整備。「国が直接管理する」ことが建前の国立公園において、その基本は国や自治体が公共工事で整備し、日常的な管理運用は近隣の山小屋が担い、それに必要な費用を請求するというものだ。だが実際にはこの枠組みが機能せず、さまざまなトラブルがあちこちで起きている。
北アルプス裏銀座への玄関口である折立登山口から太郎平へ向かう登山道。夏には多くの観光客でにぎわうこの道は、下写真・右上のように常に崩落が起き頻繁に修復工事が繰り返されている。平地に建てられた建物にはある建築基準や安全基準などの技術的な指標が、実は登山道に対してはない。そのため造ったばかりの箇所で崩落が起こってもおとがめはない。
さらに、高山植物や動物に影響を与えないための施工方法なども、一切ガイドラインがない。雲ノ平では木道の改修工事を受注した業者により、ハイマツの大木をチェーンソーでなぎ倒し、貴重な野生植物を踏み荒らしながらの木道整備が“公共工事”として行われることもあったという。さらに「行政に沢の崩落箇所の修復を求めているのだが、自治体と省庁間でたらい回しにされ、一向に動いてくれない」(槍ヶ岳山荘の穂刈大輔さん)という、登山者に危険が及びかねない事態も起きている。
こうした行政によるものに加え、登山道整備の多くは日常の整備を担当する山小屋が行う。どの登山道をどの山小屋が分担するかは、山小屋間の申し合わせで決まる。
だが、経営が安定している山小屋とそうでない山小屋では、登山道整備に費やせる金銭・人的リソースが全く異なる。実際は山小屋の費用持ち出しが発生するからだ。登山道の安全は近隣の山小屋の経営状況で決まるのが現実だ。
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