有川浩の共感力
あーわかる! うちもそうだった、なつかしい!
個人的な話で恐縮ですが、私はこの文章をよく覚えています。 なぜなら新聞に掲載されたこのエッセイを、父が丁寧に切り抜いて、冷蔵庫に貼っていたからです。
父はこのエッセイを読むたびに「バナナってほんと、こういうことあるよなあ、作家さんって面白いこと書くもんだよなあ」と私に聞こえるようにつぶやき、有川浩先生のファンである私は、なにを今さらそんな当たり前のことを…と無視を決め込んでいました。
でも「そんな当たり前のこと」ができる、作家さんの文章はやっぱりすごい。
生まれも育ちも年代も違う父に、共感させてしまうのですから。
家族や友だちとお喋りしていて、「ああ〜、あるある! そういうことある!」と共感してもらった経験は誰にでもあると思います。
だけど、自分の書いた文章で“まったく知らない読み手に共感してもらう”のは、そう簡単にはいきません。
中でも「個人的な思い出」という題材は、難易度が高いです。
共感してもらうというよりも、その裏には(あなたとは違ってるでしょ、うちは変わってるでしょ)という気持ちが隠れているからです。単純に読み手に「面白い」とは思ってもらえるかもしれませんが、「共感」というところまではなかなか届きません。
しかし、プロはまったく違いますね。
〈母は出したバナナのアイスキャンデーをうっかり褒めたばかりに、気をよくした母はバナナのアイスキャンディーを二ヶ月出し続けた〉
要約してしまえばただこれだけの文章が、どうして生まれも育ちも年代も超えて、こんなにも激しく共感できるのでしょうか。
ポイントはここにあると思います。
エピソードを紹介した後、ぽんと挿入されたこのぼやき。
〈何で「お母さん」という生き物は、こういうときやり過ぎるのか。〉
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