​比較結果の解釈:BCGはコロナウィルスの予防になるか【特別編第3回】

新型コロナウイルスの世界的流行にあわせて、まことしやかに囁かれているのが「BCG有効説」。結核の予防接種であるBCGを定期接種している国は、していない国よりも感染率が低い、というまさしく統計の問題であるこの仮説。西内啓さんはどうのように考えているのでしょうか?


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先日、藤田医科大学の宮川剛教授による次のようなツイートがバズっていた。

Tsuyoshi Miyakawa @tsuyomiyakawa
我々のBCGワクチンとCOVID-19の関係についての論文(プレプリント)、ようやく出た。まず100万人あたり死者数を、現在定期接種あり(Aグループ)、かつて定期接種あり現在なし(Bグループ)、ずっとなし(Cグループ)に分け解析。これだとご存知のように巨大な差があります。 https://medrxiv.org/content/10.1101/2020.03.30.20048165v1

午後6:55 · 2020年4月6日

要するに、BCGワクチンをきちんと打っている国では人口あたりの新型コロナウィルスによる死亡率が明らかに低い、というのである。

この話は宮川教授に限らず海外の研究者たちもすでに注目しており、BCGが結核の予防に限らず免疫システムに良い影響を与えうる可能性も基礎研究から示唆されている。そして、こうした噂を聞きつけてか、日本国内でも接種を希望する大人が増え、2020年3月30日以降、通常の3倍ものBCGの発注があったそうである。

新型コロナ目的のBCG接種 「推奨せず 乳児への安定供給を」 | NHKニュース

一方、同じ報道ではこんな懸念についても言及されている。

BCGワクチンは毎年国内で生まれる乳児およそ90万人分しか製造していないうえ、ワクチンを作るためには8か月ほどかかり、すぐには増産できません。通常想定していない利用が相次ぐと、必要な乳児にワクチンが届かない事態になってしまうとしています。

実際、いま試しにGoogleで「BCG 不足」と検索してみると、いくつもの小児科医院からの「BCGワクチンが供給不足していて予防接種の予約を受け付けられません」というウェブサイトの言及を見つけることができる。一部の大人が効果の不確かな目的のためにBCGを接種しようとしたがために、すでに効果の確実な乳児の予防接種が阻害されるなんて、社会的なマイナス面のほうが大きい。そんなわけで日本ワクチン学会も「BCGが新型コロナウィルスに効くかどうかは科学的にまだわからん」「乳児へのBCG ワクチンの安定供給を邪魔するな」という方向で声明を出している。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するBCG ワクチンの効果に関する見解 - 日本ワクチン学会(pdf)

さて、それでは科学的に「効果がある」とはどういうことなのだろうか? 冒頭のツイートで言及された「BCGを定期接種している国では新型コロナウィルスの死亡率が低い」という結果も確かに立派な統計で、67人中4人などという少人数のデータから得られたというわけでもなさそうだ。「だったらBCGの定期接種をしていなかった世代の人間である自分は、死亡リスクを下げるために今こそBCGを接種すべきではないか」とか「自分はすでに幼い頃接種しているが、久しぶりに追加で打てばさらにリスクを下げられるのではないか」と類推するのは、人間として極めて自然な、とても「先走った」判断だ。

「先走った」判断と真実との間にどのようなギャップがあるかを考えるために、まず次のように考えてほしい。少なくとも冒頭のツイートで使われているグラフから読み取るべき情報はこうだ。

「BCGの定期接種を行うような国では新型コロナウィルスによる死亡リスクが低い」

では、BCGの定期接種を行うような国にはどんな偏りが考えられるだろうか? 平均的はそうした国のほうが豊かかもしれない。医療制度が整っているかもしれない。国民全体で健康に対する意識が少し高いのかもしれない。

で、このように「ような」の仮説をたくさん挙げたあと、改めて考えてみよう。ではこれらの要因のうちどれが、直接的な原因となって死亡リスクの減少に寄与しているのだろうか?

答えは簡単で、「まだよくわからない」である。宮川教授は第三者の査読を受ける前の論文の原稿を公表しており、その中ではいくつも考えられる「ような」の仮説のうち、平均寿命や気温などの影響を考慮した分析は行っているようだが、それでもまだ十分とは言えない。

初代『統計学が最強の学問である』から一貫して説明してきていることだが、「何かの原因(たとえばBCG接種)によって結果(たとえば死亡リスク)が変わるのか」という因果関係を正確に判断するためには、その比較は可能な限りフェアなものでなければいけない。

「特定の原因にあてはまるような」という偏りがあるのであれば、その原因が本当に大事なのか偏りのほうが大事なのか判断は難しい。教育学の分野で「遺伝子の影響を取り除くために一卵性双生児を研究対象とする」のもそうした理由が背景にはある。とはいえ、様々な因果関係を考えるために毎回数少ない双子の方々を実験台にすることは現実的でない。

そのために行われるのが、ランダム化比較実験である。たとえばBCGの予防接種が新型コロナウィルスの感染や重症化を予防するかを知りたいのであれば、この研究に参加を希望する者を募集し、ランダムに半々に分ければいい。その上で一方のグループにはBCGワクチンを接種し、他方には何のメリットもない代わりにリスクもないダミーの何かを注射したあと、数ヶ月後にそれぞれのグループのうち何%が感染していたり、重症化していたかを比較するのだ。

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コメント

_kyzka まぁ、こういう話もある。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

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gooochin 比較結果の解釈:BCGはコロナウィルスの予防になるか【特別編第3回】 https://t.co/AFVtxJuPnd 一部の大人が効果の不確かな目的のためにBCGを接種しようとしたがために、すでに効果の確実な乳児の予防接種が阻害されるなんて、社会的なマイナス面のほうが大きい。 5ヶ月前 replyretweetfavorite

muyo79 比較結果の解釈:BCGはコロナウィルスの予防になるか【特別編第3回】|西内啓 @philomyu | 5ヶ月前 replyretweetfavorite