サクちゃんへ
こんにちは。
今はゴールデンウィーク真っ只中です。
京都では半月前より、保育園と学童から「自宅で勤務している人は、家庭で子供を見るように」という要請が出ました。
でも、子守をしながら書き仕事をするのはとても大変。ひとりにならないと集中できないタイプなので、誰かがそばにいると書けないんですね。
疲れと焦燥感がどんどん溜まっていく中での連休。まるで、旗色が悪い試合のタイムアウトみたいです。ここらでいったん、自分を休められたらなと思っています。
サクちゃんは、ちゃんと休めていますか?
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サクちゃんの日記を読んで、思ったことがあります。
このふたりはよく似ている、と思っていたけれど、実は大きな違いがあるんだなということです。
「唯ぼんやりした不安」を持っていることは一緒。でも、サクちゃんは「諦めがいい」、わたしは「諦めが悪い」。サクちゃんは不安と共存しているけれど、わたしは不安と格闘している。これは大きな違いだな、と思いました。
さっき、わたしは連休までの状況を「旗色が悪い試合」というふうにたとえましたが、そんなふうに人生を闘いか何かだと思っているのかもしれないですね。
勝つか負けるか。それは他人に対してはなく、自分に対してです。
だから終わりがなくって、常に緊張していて、時々降りたくなったりして。
でもなんだか最近、その価値観を変える時が来たのかな、と思うようになりました。
人生は、闘いじゃないのかも。
ー・-・-
最近ふと思い立ち、カウンセリングを受け始めました。
オンラインのカウンセリングサービスで、ビデオ通話で対話をしています。今は2度目のカウンセリングが終わったところ。相手は女性の方なのですが、きっと相性がよかったのでしょう、続けて同じ方にお願いしています。
もともと鬱気質なので、心療内科で診察していただいたことは何度かありますが、カウンセリングを受けるのはこれが初めて。
いったいどんなことをするのかも知らなかったし、そもそも初対面だしで、最初はとても緊張しました。
でも、今は受けてみて本当によかったなと思っていて、これからも続けてみるつもりです。
カウンセリングを受けようと思ったのは、多分、この先もまだまだ変化が続くだろうなと思ったからでした。
コロナウイルスの拡大が止まらないにしろ、収束が始まるにしろ、一度どちらかに振った波は、また同じ大きさで返ってきます。
そのいちいちに振り回されるのに疲れた、というのがひとつの理由でした。
もうひとつは、コロナウイルス以前からずっとある「唯ぼんやりとした不安」について、違うアプローチをとってみようと思ったから。
発作のように起きる「唯ぼんやりとした不安」の大波を、わたしは日々恐れています。その恐怖にたいしても、そろそろ本気で疲れてきたのです。
タイムアウト。
わたしは、コロナウイルスにより生まれたこのエアポケットのような時間を、そのように捉えました。
いったんここで、体勢を整えよう。水分補給をして、休息をとりながら、これからどんなふうにプレイしていくのかを考えよう。
そこで登場したのが、自分自身でもない、近しい友人・家族・仕事仲間でもない、カウンセラーという第三の人物でした。
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