誰とも付き合えず、何もしらなくて、ひとりぼっち#32

世界初の対話型レズ風俗「Relieve」のオーナー兼キャストとして活躍する橘みつさん。みつさんが出会ったのは、接客時間中ずっと黙りこくっているお客さん・はるかさんでした。コース時間がほとんど終わりかけてきたとき、ようやく彼女は重たい口を開きます。

半分叫ぶようにいう。「今日、なんとかしたいんです」

わたしはどうしてと聞いた。部屋の中に沈黙が充満し、彼女の息遣いだけが迫ってくる。

「う、わたしはその、経験がなくて」はるかさんは誰に言うでもなく、胸のうちにあるものを言葉にする。誰にも告げたことがない言葉って、洗練されてはいないかもしれないけれど、人の心を打つものがある。その人が今まで自分がいた場所を抜け出そうとする、もがきと葛藤が持つ力なのかもしれない。

「わ、わたしは、人と、うまくやれないから」

はるかさんは教えてくれた。人とうまく付き合えないという感覚は、彼女が小さい頃からあった。周りの人が楽しんでいることを楽しめない、笑えない。話をしようとしても、変な顔をされるか憤慨されてしまうのだった。大人になった彼女は専門学校をなんとか卒業した後、なるべく人と関わらずに済む方法を考え、選んだ仕事が人形作家だった。唯一話ができる実の妹と在学中にユニットを結成していたのだ。手先が器用で才能があったはるかさんが人形を作り、人と接するのが得意でネットにも詳しい妹のユリさんが販売を手がけた。ミルクを煮詰めたような真っ白な肌の上、悩ましい表情を浮かべたはるかさんの人形は、ドール愛好家の中で話題になり、通販サイトに入荷すればたちまち飛ぶように売れた。社交が苦手なはるかさんの代わりに、ユリさんがイベントやネットで売ってきてくれる。相性はバッチリ、何より人と話すのが苦手なはるかさんでも、ユリさんとなら話ができる。

「ユリと、話すのはできた。お人形について、話すのは本当に、楽しくて……この子はここがいいね、この子はこんな子だよね、誰がお迎えするのかなって」はるかさんがいうには、お人形たちには生まれる前から性格と物語があって、それを聞き取って対話していると、自然と形になってくるのだという。はるか先生のドールは、本当に生きているみたいで全部に個性とストーリーがあると、褒めてくれるファンは多いそうだ。

女性二人と物言わぬ人形たちだけの楽園。しかし、ささやかな幸福は長くは続かなかった。ずっと男っ気のなかったユリさんに恋人ができたのだ。

わたしは尋ねた。「ユリさんに恋人ができて、何か変わったのかな?」激しい首振り。

「何も……何にもだけど……」はるかさんの口が次の言葉を発そうとしたその時、無慈悲にもコース終了を告げるアラームが鳴った。すると、はるかさんの目の奥がグッと硬く透明になり、開いていた何かが閉じかけてしまう。閉じ切るその前にわたしはいった。「あ、待ってください、あと15分だけわたしにくれませんか?」はるかさんは黒髪の隙間からこちらを見上げる。初めてわたしを見てくれた。支度時間としてあと15分残っているはずだ。このきっかけを逃したくなかった。

「あと少しだけ話したいんです、お願い」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
レズ風俗で働くわたしが、他人の人生に本気でぶつかってきた話

橘みつ

世界初の対話型レズ風俗「Relieve」のオーナー兼キャストとして活躍する著者は、なぜ、レズ風俗で働くのでしょうか? お客さんの「人生のきっかけ」を共に探したいと願い、これまで200人以上に向き合ってきた彼女が、どんな人生をおくり、い...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

gibbous_leo ▶️ 適切な医療機関や情報… https://t.co/k8xvs7uElm 5ヶ月前 replyretweetfavorite