自分の欲望に忠実であること、そしてそれを直視した上で人と接することができること。彼女はその両方を見事に体現していた。風俗店勤務歴はないとはいえ、経験は豊富だし自分の軸を持っている。ヴィジュアルや世界観で売るのは自分にはない要素だし、在籍してもらったら顧客の幅も広がるかもしれない。そして何より、お客さんが欲望に向き合うことを、この人ならうまくサポートできるだろう。話しきって若干少し疲れたような顔をした彼女に、その場で採用すると告げた。こうして、リリーヴに記念すべき初めての従業員が誕生したのだった。お店の源氏名は、ふみよとした。
実際、働いてもらうとふみよにはあれよあれよとお客さんがつくようになって行った。性やプレイに関する基本的な講習もそこそこに入店してもらったが、飲み込みも驚くほど早い。キャストには自分のTwitterアカウントで自己アピールに取り組んでもらうことにしていたが、そこでも能力を発揮した。つぶやきの中に、隠しきれない知性と性への好奇心、そしてほんの少しの秘密と謎。名前とかけた234のIDも洒落が利いていて、人が覗き見したくなるには十分な要素が揃っている。HPに書かれた体験レビューの数も、日を追うごとにジリジリと伸びていく。彼女の仕事も軌道に乗り始めて来たある日、数ヶ月に1度の面談のために新宿の喫茶店で会うことになった。地下にあるだだっ広いフロアでせわしなく行きかうウェイトレスを目で追いながらふみよはいう。
「みつさん、どうしようって思っちゃうようなお客さんに会ったことあります?」
わたしは思わず厚手のコーヒーカップを口から離した。「どうしようって?」
「対応するのが難しいお客さんとか」
「あるよ、全然。何言っても『あ、そういうことじゃないんですよね』って言われてしまうお客さんとか」
ふみよはぎゅっと唇を噛んで上の方に目をやる。
「うーん、そういうのよりは、私がいる意味がわからなくなってしまうような人というか……」
彼女が言うには、先日来てくれたお客さんは、コース中ずっとゲームをし続けていたらしい。当初はホテルコースで予約してくれたのに、話していても全くそういう雰囲気にならない。セックスするムードをこちらが作ってもやんわりと避けられてしまう。結局ホテルにこもって、お客さんが持ってきたSwitchで遊んでいたという。お客さんがゲームに夢中になっているのを横目に、何かをいいたくてもいえないのかと勘ぐってみたが、そういう感じでもない。彼女が求めていたのは、ただ3時間高いお金を払って誰かとゲームをやることだけ。でも、それでよかったのだろうか。
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