「さてと、そろそろ行きますか」わたしは手元の腕時計を確認する。16時。今日の仕事は18時半からだ。彼女はというと、30分後にこのホテルで仕事があるのだそうだ。別れの挨拶もそこそこに、お互いの仕事に戻っていく。外へ出ると、表はまだ明るい。それでも確実に、世界は昼の時間から夕方の時間へ移行しようとしていた。わたしの時間の始まりだ。
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さっきからパソコンの画面を開いて閉じるを5回は繰り返している。これでいいのだと勇気を持ってサイトを閉じ、やはりまだ早いかと再び画面を開いてしまうのだ。新しいキャストを募集するかどうかずっと検討事項だったのだが、2日前からとうとう募集を開始したのだ。事業を安定化させるためにも、優秀な従業員の確保はマストだ。自分一人で手狭にやっている分には楽だし問題なくやれるが、お店の継続を考えればいずれは着手しなくてはいけない。レズ風俗は専業化できる仕事ではないから、キャストの生活費の全てを負うことにはならないだろう。それでも、生活の一端は担うことになる。
キャスト募集のページを前に、目の前に責任の文字がちらつく。誰かと働くことの責任。それは自分の身一つでやってきた、これまで感じていた負担とはまた異なる感情だった。
募集要項として書いたのはただ一つ。対話を重んじた接客ができること。
この、一見、風俗業界としては異色の募集要項にきたエントリーは、3名。
一人目は28歳の風俗経験者の梨花さん。これまで男性向け風俗で安定して稼いできた実績があると、彼女は言う。エントリーしてくれた理由は流行っているレズ風俗がどんなものか確かめたいのと、今よりも楽そうだったからだとあけすけに明かしてくれた。彼女は緩く巻いたすっかり色の抜けた髪の毛先をいじりながら下を向いていう。「誰だって、楽な仕事選びたいじゃないですか。女性相手なら、あたしいけると思うんですよ。絶対男よりも注文少ないし、激しいプレイ必要ないじゃないですか」
わたしは下からすくい上げるように彼女を見る。「本当に、そうだと思ってますか?」
彼女はブルーのカーディガンの下の体をたぷんと自信満々に揺らす。「えー、だってそうじゃないですか?ただ話をちょっとするだけでしょ?女友達と喋るのと変わらないわけじゃないですか。あたし、そういうの得意なんでいけます」
次、二人目。風俗勤務の経験ありのかすみさん、22歳。この人は応募したメールの対応も丁寧で、しっかりした印象を受けた。ややおとなしい感じもするが、この言葉遣いと配慮なら接客スキルでカバーできなくもないだろう。
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