予約された時間の16時少し前、わたしは黒いコートを羽織って池袋の東口に降り立った。見上げた空は気の早い夜に吞まれて、淡いピンク色に溶け出している。風俗は夜の仕事だといわれるけれど、実際にわたしが一番稼働するのは夕方の時間だ。それがなぜなのかはわからない。でもなんとなく、この仕事にはそれが一番似合う気がする。昼のように社会的な役割に追われてなくて、夜のように明確な欲望に満ちていない。曖昧で、なんとなく人恋しくて、意味をなさない時間。何かと何かの狭間の時間だからこそ、わたしたちは接近し合えるのかもしれない。夜に向けて、人の欲望を吞み込み加速し始めている街角を尻目に、わたしは待ち合わせ場所に急いだ。
待ち合わせ場所には、すでにそれらしき人がいた。真っ黒で短い髪、そばかすの散るちょっと幼さが残る少年のような顔と体をビビッドなピンクのパーカーと、緑のカーゴパンツで包み、足元には大き目のナイキのスニーカーを履いている。わたしがまっすぐ向かっていくと、彼女はごくわずかに目を凝らしてこちらを注視した。
わたしはいつも通りに名乗る。独立しても何にしても、いつもこれが始まりだ。「初めまして、みつです」。相手はもたれかかっていた、欄干から体を即座に浮かす。「美奈です」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします。」顔をそらしたままうなずく美奈さんを横目に、わたしは候補のホテルへ足を向ける。「じゃあ、行きましょうか。でもどうやってうちを見つけてくれたんですか?」
「あ、えっと検索してたらあって」美奈さんは足元をみながら、言葉を探す。「ほら、最近Twitterで流行っているじゃないですか、レズ風俗。こんなんあるんだー面白そうって」
「ああ、そうなんだ!」わたしは笑顔で答えて、胸のうちでひっそりと聞く。本当にそれだけなのかな?
美奈さんは、少しほっとした様子でポケットに手を入れながら歩き始める。焦りは禁物、お客様の前ではいつでも冷静、そして明るく振る舞うこと。独立して記念すべき第一回目の仕事に向けて、雑談をしながら今日考えるべき事柄に、焦点を定めた。
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「さっすがみつさん、独立して日は浅いけどさっそく軌道に乗ってるんですね」
テーブルの向こう側で軽快に笑っているのは、あの百戦錬磨の風俗嬢、なの葉さんだ。今日は真っ黒なフリルが幾重にもついた、修道女のようなスタイル。ほっそりした手元を覆う袖についた、複雑に通された赤いリボンがアクセントになっている。コスプレ的な格好ではあるが彼女が着れば自然と似合うし、今日の待ち合わせ場所である帝国ホテル1階のラウンジにも不思議と馴染んでいる。木製の梁に支えられた高い天井とあめ色の古式ゆかしい家具に囲まれた、この贅沢な空間にいてもまったく遜色がない。隣に座っているおば様方に、一体何者なのかとチラチラ目をやられることはあるが。