「みつさんですか? あの、予約した麻里奈です」
待ち合わせ場所である新宿のカフェにやってきたのは、長身でほっそりした女の子だった。短いくせ毛がちの黒髪が顔のまわりに散らばり、ファンデーションを塗っていないであろう白い頬に、笑うとえくぼが浮かぶ。黒いコートの下には赤いチェックのシャツにジーパン、足元にはキャンバス地のスニーカーとカジュアルだ。手元には、遠出の証である黒い大きすぎるボストンバッグがぶら下がっている。
出会って早々、麻里奈さんは申し訳なさそうに顔を歪ませた。「お店の人に無理言ってしまって、本当に本当にごめんなさい」
「全然大丈夫、気にしなくて平気だよ。ちょうどわたしは予定が空いていたし、東京に来てくれたタイミングに、むしろ会えてすごく嬉しい」麻里奈さんの顔は少しだけ笑顔になるが、一重の奥の目は硬い。東京に来たのは初めて?他にどこか観光するの?と聞いても最初こそ雑談に興じてくれるが、すぐにぎこちない沈黙に入ってしまう。ホテルまでの道中も、麻里奈さんは下をじっと見ながらその細い足を機械的に動かすことに徹している。わたしは無言で、でも沈黙が負担にならないように寄り添いながら歩く。
どこのホテルがいいか一切考えてなかったというので、負担の少ない格安で綺麗なホテルをわたしが選んだ。部屋に入ると、麻里奈さんにはソファに座ってもらって、すぐにバスタブにお湯を溜める。いつもはシャワーで済ませるが、今日は時間に余裕もあるし入浴ぐらいはできるはずだ。勢いよく流れる水の音が沈黙した部屋に満ちると、わたしは振り返って麻里奈さんにいった。
「麻里奈さん、もしよかったら一緒にお風呂入りませんか?」
「え……」
「今日は寒いし温まりません? ゆげであんまり体も見えないし、よかったら」わたしが手を差し出すと、麻里奈さんは一瞬動かなくなったあと決心したように立ち上がる。先に服を脱いでバスルームに滑りこみ、準備が終わった麻里奈さんを誘った。裸で所在無さげに立ちすくんでいる麻里奈さんの手を取る。
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