わたしは落ちていた言葉を拾って並べなおす。「性的なことに、拒否感があるんですね」高橋さんはただ黙っている。「わたし、似たような方に心あたりがあります。わたしのところに来てくれるお客さんの中には、性欲がないって自覚があるんだけど、本当に性欲がないのか、確かめたくて来てくれる人がいます」
「そういう人が、いるんだ……」
一人のお客さんに向き合うとき、これまで出会ってきたお客さんたちが発していた、たくさんの無言の訴えを思い出す。性は、正解も平均値もなくて一人一人あり方は多様だ。それでも、彼女たちが教えてくれたことは、こういうときに助けになってくれる。推測の範囲を出ないが、毎月1、2名程度は高橋さんと似たような特徴を持つお客さんが来る。アセクシュアルまたはノンセクシュアルと呼ばれる人たちだ。性的な行為に嫌悪感や拒否感を持つ彼らが風俗に来てくれる場合、その目的は大抵ひとつ。風俗嬢を相手にして、自分に性欲が本当にないのかどうかを確かめるのだ。
重たすぎる荷物を下ろすように、高橋さんは顔を覆ったその指の隙間から深い吐息を漏らす。「人に、そういう欲求をあんまり持てない。それは昔から感じてたけど、大人になれば、好きな相手が見つかれば、自分も欲求を持てるしできると思ってた。けど……」
「うまくいかないことがあったりした?」
高橋さんの顔を覆う手の爪は、力を入れすぎて真っ白になっている。「……一度だけ、男性としたことあります」誰にも開けたことのない箱が音もなく静かに開く。そこにあったのは、絶望だった。
「大学のサークルの先輩と。彼のことは尊敬していたし、好きなんだと思ってました。卒業してからも飲みに行くことがあって、そこで付き合って欲しいって言われて。それで普通にそういうことになったんだけど……」
「うん」
「直前まで、そういうときになれば普通にできるのかと思ってた。彼のことも好きなはずだけど、でもとても気持ちが悪くて。入れることもそうだけど、触られるのもそういう目で見られるのも、耐えられない。吐き気がする。してる最中は触られているのが自分じゃないみたいだった。遠くの方から自分を見てるみたい。なんとか耐えてたけど、相手も私が硬直して全然良くないのがわかるみたい」高橋さんの瞳は孤独と憎悪のために硬くキラキラ輝いている。
「別れるときに言われたんです。『なんでこんなに頑張ってるのに応えてくれないのか、全然わからない。君はどうせ、俺のこと好きじゃないんだろ』って」
高橋さんの荒い息遣いだけが部屋に響く。
「何か過去にトラウマとかそういうのがあるんじゃないか、それとも男性に嫌悪感があるんじゃないかとかも考えた。そういうわけじゃない、でもなんかだめ、何をやっても性欲を感じないし、したくない」高橋さんは頭を抱えた。頑張って取り組んだんですね、と声をかけると彼女は下に向けていた顔をそろそろとあげる。とろりと溶けたような目が、すだれのように垂れ下がった髪の間から覗く。