わたしは高橋さんが作り出している親しみやすい雰囲気に乗りながら、さりげなく彼女の様子に目を走らせる。ホワイトの目のあらいタートルネックに、ネイビーのツイード地のブレザー。ゆったりと組まれた足はスリムなブラックパンツで包まれ、彼女のシャープな印象を際立たせている。手首には丸フェイスの腕時計が光る。茶色のミディアムヘアはわずかにウェーブがかかっていて、大ぶりでやや男性的なパーツが目立つ彼女の顔を、柔らかく見せていた。仕草といい顔といい、大人っぽくてマニッシュな感じだが、笑うと鼻の付け根にシワが寄って少しだけ子供っぽいような表情になる。彼女の立ち振る舞いは、どことなく育ちの良い大型犬を連想させた。賢くて大らか、そして少し孤独。
注文したソーセージを切り分けながら、高橋さんはわたしをエスコートする姿勢を崩さない。「みつさんもお酒強いんだから、ガンガン飲むでしょう。全然、お好きなもの選んでくれて大丈夫ですよ」確か、今回の指名条件はお酒がある程度飲める人だったらしい。そこにわたしが呼ばれたわけだ。「ありがとう、ではお言葉に甘えさせていただきます。でもちゃんとお話を聞いていたいので量はそこそこにしておきますね」と答えると、高橋さんは少しだけ虚をつかれたような顔をした。「そうか、そうですよね。じゃあ私はいつも通り飲ませてもらいます」といって、彼女はビールを口にする。お店ではお客さんの飲酒は禁止されていない。さすがに泥酔状態の人は入店拒否だが、通常量であれば許容の範囲内としている店が多い。
「お客さんの休みのときに勤務中って、このお仕事もサービス業なんですね」
わたしはためらわずに言った。「個人的には、究極の接客業のひとつだと思っています」
「……みつさんはこのお仕事を誇りに思っているんですね」
わたしは付け合わせのポテトにフォークをさしながら、高橋さんの顔を見つめた。高橋さんはこちらの目を見ずに、どこか放心したようにグラスの中のビールの泡に目を落としている。
「不思議なお仕事ですよね、赤の他人と寝るなんて。あ、いや男性にはこういうサービス、普通にあるんでしょうけど。女性向けってなると、すごい仕事だなと思ってしまう。体を売ることは、確かに究極的な接客業ですよね。みつさんは楽しいですか、この仕事」厚みのあるビールグラス越しに、上から見下ろすような目と目線がぶつかる。わたしはそれを正面から受ける。
「レズ風俗は、客観的に見たら変わった仕事かもしれません。一般的には性産業だから、人によっては下に見られることもありますし、他のことができないから、風俗をしているんだって見なされることもある。でも、この仕事にしかできないことはたくさんあるって実感しています」
高橋さんは肘をついてこちらに乗り出す。「例えば?」
「体を通じてその人自身に触れられます。体だけではなくて、心に」
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