おしっこのにおいがこびりつかないように

若年性アルツハイマー型認知症の父親、ステージⅣのがんの母親と暮らすあまのさくやさん。6年前と今では認知症の父は別人のようだといいます。いつだって優しかった父に、父のせいではないと分かっていても優しくできない。その葛藤した想いを綴ります。

※これまでのお話は<こちら>から。

父の進化がめまぐるしい

― 2017年 父65歳 母61歳 私32歳 ―

「俺、昔、天気の中継レポートしたことあったなあ」

ごはんを食べながら、父が言った。

テレビでは、レインコートを着たキャスターが暴風雨に晒されながら台風中継をしている。

「ええ? なにそれ? お父さん、テレビの仕事なんかしたことないでしょ。天気も関係ないし」
すかさずツッコミを入れても、父はゆずらない。

「いや…、でもなんか、したことあったよなぁ」

ほとんど一日中テレビを見て過ごしている父は、現実とテレビの内容が錯綜して、混乱しているような言動がちらほら見られるようになった。

ふと、父の『進化』があまりにめまぐるしいことに気がつく。

今、架空の天気中継レポートを懐かしがっている父と、1年前の父はまるで別人だ。2年前、5年前、10年前とさかのぼれば、いまと様々なことが違いすぎて驚く。目の前にいる父の姿ばかり見ていると、気がつけばかつての父がどんどん『認知症の父』で上書き更新されていく。

4年前の父は、フロリダで単身赴任をしていた。
3年前は、退職して、もう働かなくていいんだと喜びながら、本を買い集めたり、手話教室に通ったり、ギターを始めようとしたりと、アクティブなご隠居さんになっていた。パーソナルトレーナーつきのジムにも通っていた。(トレーナーとの約束は無数にすっぽかしていた)
2年前、認知症の診断がおりた頃は、母の助けを借りながら、英語でフランス語を学ぶ教室に通っていた。
1年前、映画に行こうと誘えば一緒に電車にのって出かけることができた。休み休みでも街を歩いたり、買い物することもできた。

目の前にいる父は、どうだろう。外出する機会はめっきり減り、ずっと家にいて、寝てるかテレビを見ているか。脚力も衰え、徒歩15分の駅まで歩くことも難しくなってきた。

6年前にさかのぼってみて、ようやく『かつての父』にたどり着く。たった6年、されど6年の間に、父はどれくらい変わったのだろうか。

娘に甘い父

― 2011年 父59歳 母55歳 私26歳 ―

思い出すのは、車の中での父との会話だ。
私はよく、雨が降っていたり、荷物が多い時などに、父に車を出してとねだることがあった。

父は「めんどくさいなぁ」と言いながら腰を上げ、「目的地じゃなくて駅までね!」と強調しながら送ってくれる。父は外資系企業のバリバリの営業マンで、海外出張も多くあった。かなり忙しかったはずだが、家庭を顧みない人ではなく、かなり『子煩悩』だった。
叱られた記憶よりも、『娘に甘い父』のほうが印象に残っている。

車の中では、いつも他愛もない会話をしていた。

「それで、今日はなんのイベントなの?」

私はこの頃、はんこ作家として活動しはじめていて、その様子を父は気にかけてくれていた。

「今日は喫茶店で、はんこのワークショップもするし、販売もするかな。店主さん音楽好きだし、広すぎないスペースで、いいお店なんだよ」
私が答えると、すかさずまた父は次の質問をくれる。

「へえ。いいな。俺も自分のお店持ったりしたら楽しそうだなあ。そこは何人くらい入るお店なの?」

父は、その時々に合った質問を投げくれてくれる。営業マンという職業柄なのか、自分で話すよりも、色々と質問をして、私が勝手にしゃべりだした話を聞いていることが多かった。父は、話に興味を持って、前のめりで聞いてくれる。

「そういうお店、いいよなあ。リタイヤしたら、どこか場所借りて、お店を持とうかなあ。でも俺がお店借りても、さくやに占領されそうだなあ」

「うん、お父さんが借りたら、私が好きなもの置いてお店やるから。いい店舗、よろしくね」

「なんだよ、それずるいな! 自分で持たんかい!」

本気なのかよくわからない夢などをつぶやいたりもしながら、テンポの良い相槌で、話をスムーズに転がす方法を心得ていた。新しいことも積極的に知りたがる父は、年頃よりも若々しかった。

ごく普通な、日常会話だったと思う。それでもお互いに楽しくなってしまって話が盛り上がるうちに、車は駅を通り過ぎ、なんだかんだで目的地まで乗せて行ってくれてしまう。そんなわがままな娘の話を、楽しそうに聞いてくれるのが父だった。

「まぁがんばってくれよ。おとうはなんでも応援してるから」
アメリカ人のようなマインドを持つ父との会話は、たいてい、愛ある言葉でしめくくられるのだった。


家族の会話に入れない父

― 2017年 父65歳 母61歳 私32歳 ―

父はいつだって、私に優しかった。だけどいつの間にか私は、父に優しくできなくなっていた。

父に話しかけることも、父から話しかけられることも煩わしくなるまでになっていた。要介護認定を取得し、介護サービスを利用できるようになって、負担も以前より減ったはずなのに。この状況はなかなか打開できない。それが一番、苦しかった。

一度、想像してみてほしい。仮に自分の親が、毎日毎日、同じ話を繰り返すようになったら、それを、寛容に聞き続けられるだろうか? 
今日、明日まで、いや2週間くらいまでなら、広い心で答えられるかもしれない。だけど毎日毎日、一ヶ月先も二ヶ月先も、ずっと同じで、変わることはなかったら? いつでも同じように聞いて、きちんと返事ができるだろうか?

父が記憶を維持できる周期は、1時間になり、30分、10分になり、同じ内容がループするようになった。

たとえば私が、どんな仕事をしてどんな生活をしているか。今日出かけていたのか家にいたのか。そんなことは、今の父には把握できない。仲間はずれにしているつもりもないが、母や私が盛り上がって話していると、父はなかなか話についてこれない。自ずと、父は無口になる。私も母も、父との会話に興味を失い、父もまた私たちの会話に興味を失ったのだろうか。家族の会話よりもテレビを優先して、テレビの音量を大きくしては、また口論になるのだった。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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コメント

kiriillust さくやさんの文章、大好き。 尿のにおいというのは思いの外強い。触れていないのに、こびり付いてしまう感じがするのだ。手にも、体にも。自分の体にじわじわと染み込んで取れなくなるんじゃないか。そんな錯覚を覚えた https://t.co/khM9Tk7H17 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

shinoburun ウチはおじいさんとおばあさんだったけど、似たようなこと思ったな。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite