短大のころには周囲に合わせるため、なんとか男の人と関係を持ってみたという。チカさんの声はあくまで明るくて快活、そこに潜んでいるものの重さを忘れてしまうぐらいに。
「一回でも付き合ってみれば、男の人でもいけるんじゃないかって思って。でもね、わかっちゃったんです。私、やっぱり女の人が好きなんだなーって。これは違うと思った」それでも、地方で女性が生きていくことと結婚は未だほぼイコールだ。みんな早婚で、年齢が上がるたびに〝行き遅れ〟として肩身が狭くなっていくという。短大を出たあと、地元のメーカーに勤め始めるころには周囲のカップルはすでに結婚しだしていた。どうしようかと内心焦っていたときに出会ったのが、今の夫なのだそうだ。元は同じ職場で働いていて、これまで特段意識したこともなかったが向こうから告白された。「当時は別に大好きってわけでもなかったんですけど、一緒にいて嫌な感じはしないし。彼氏っていうか、友達の延長線みたい。で、うちの両親にも会わせてみたら親も気に入っちゃって。彼なら大丈夫かなって思って、そのままトントン拍子で結婚したんです」
今、彼女は32歳。新築の戸建ての家にトイプードルと一緒に夫婦二人で住んでいるそうだ。幸せなんですね、とは言わなかった。彼女のほっそりしたまつ毛の下に、濃い影が浮かぶ。「私、そろそろ子ども持てって親からも言われてるんですよ。周りの友達もどんどん子持ちになっているし、結婚してて子どもいないなんてありえないから。私が嫌がるからエッチもあんまりしてなくて。旦那はもっとしたいみたいなんですけどね。このまま逃げ切りたいけど、でも、今の環境だと無理なのかな」
わたしは新宿の雑然とした街並みに思わず目をやる。この街は東京でもセクシュアルマイノリティにとっては比較的居心地の良い街だ。二丁目まで行けばレズビアンバーもあって、小さいながら同性愛者同士のコミュニティやイベントもある。最近はLGBTの概念や取り巻く状況についてメディアでも取り上げられるようになったし、SNSに入り浸っているとそれを知っていることが常識のような感覚すらある。でもそれはほんのごく一部の現象にすぎない。彼女が暮らしているような地方都市には、その光は当たりにくいのだ。
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