障害のある家族の作家という先入観
「家族のことを記事に書くのは楽しいんですけど、“障害のある弟の姉”“障害者のある母の娘”っていう先入観がついちゃうのが、ちょっと居心地が悪いんです」
私が相談すると、幡野さんはちょっとびっくりした顔をした。
「僕ね、奈美ちゃんはもしかしたらそう思ってるんじゃないかなって、ちょっと考えてた。だけど、同じような悩みを持ってる人は、なかなかこんなド直球な相談はできないと思うな」
「えっ、そうですか?」
「うん。だって、お母さんたちも読むわけでしょ?」
なるほど。
こういう相談をした場合、母と弟が傷つくのではないか、というのが世間一般的な発想のようだ。
でも、私は、二人が傷つくイメージがまったく沸かなくて、幡野さんに言われて初めて気がついた。傷つくどころか、二人も私にそういうイメージがつくのを望んでいない確信がある。
「自覚がないのが、奈美ちゃんらしいね」
「なんでだろ。うちの母も弟も、自分のことを“障害者”って、あんまり思ってないからかもしれないですね」
弟にいたっては多分、自分に障害があることすらよくわかっていないと思う。
言葉がわからなくてもボディーランゲージとハートでどないかなるやろ、を地で行く弟だ。実際にそれで、うまいこと楽しそうに生きている。
母は毎日のように全国を飛び回っているし、一人で車いすを担ぎ上げて車に乗って、自分で運転してどこへでも行く。私はそんな母をゴリラと呼んでいる。
私が献身的に介護をするとか、二人のためになにか我慢をするとか、そういうことをした覚えが一切ない。
「“障害者”って思われること自体が嫌なんじゃなくて、“かわいそうな障害者”って思われることが、ちょっと嫌なのかもしれないなって、いま思いました。母はめちゃくちゃ優しくて明るいし、弟もいいやつだし、二人に支えられて生きてる私は本当に幸せなので」
「僕が最初に奈美ちゃんに会いたいなって思ったのは、奈美ちゃんから“かわいそう”とか“不幸だ”っていう雰囲気を感じない理由を知りたかったから。それは多分、お母さんの影響だろうなって思ってたんだけど、やっぱりそうだったね」
東京駅で初めて幡野さんと会った時、母と弟も一緒にいた。
私がお手洗いに行っている間、幡野さんと母は、色んな話をしたそうだ。
母は、私を大切に育ててくれた。
障害のある弟の方が手もかかったはずなのに、いつだって私のことも一番に考えて、弟と平等に愛してくれた。
弟の面倒を見なさいなんて一度も言われたことはなかったし、姉だから我慢しなさいと言われたこともなかった。
でも、そうじゃなかったら、私は、弟を愛せなかったかもしれない。
母のおかげで、私は、かわいそうでも、不幸でもない、姉になれたのだ。
「結局、情報って二つの側面があるんだよね。世の中が知りたい情報と、自分が伝えたい情報と。その需要と供給がマッチするのが一番良いんだけど」
「まさに今がそれです。世の中は私の家族の感動ストーリーの方が読みたいかもしれないけど、私はもっとくだらない話も書きたいっていう」
「うん。でも、自分が思うことを書けば良いよ」
「私は“障害者の家族”ですけど、幡野さんも“がん患者”っていうイメージが、どうしてもついちゃいませんか?」
「そうだね。そういう僕を見たい人も、利用したい人もいるだろうけど、でも、そんなの気にせず楽しそうな方をやればいいと思う」
ストン、と胸に落ちた。
ケイクスの連載で、何千通というお悩み相談のメールに目を通している幡野さんは「相談する人って、実は自分の中に答えをもう持ってるんだよね。相談の文章の中から、答えを見つける作業をするだけ」と言った。
私も、この相談は、自分の中に答えをもう持っていたんだろう。
どう見られようと、私は、私の家族が大好きだ。
家族の話をするのは楽しい。
だから、自分が思うことを、書いていこう。
がんにならないことより、転んだあとにどうするか
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