あなた様、よろしいですか」 |百折不撓(八) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。


 —帰ってきたな。

 さほど長い間、故郷を離れていたわけではないが、あまりの多忙さに時間の感覚が失われていたのか、帰郷は格別のものがあった。

 長崎からは馬車を使ったので、ついこの間まで、馬か徒歩で往復していたのが嘘のようだ。

 政府の高官になったことが、実感として迫ってくる。

 佐賀城に着くと、留守居の者たちが列を成して迎えてくれた。沿道には見物人まで出て、皆で大隈の乗る馬車を見つめている。「故郷に錦を飾る」という言葉があるが、まさに大隈はそれを地でやっていた。

 燕尾服の上にフロックコートを羽織り、山高帽をかぶった大隈が、ステッキをつきながら馬車から下りると、藩の重役たちが駆け寄ってきて頭を下げた。

 ほんの数年前までは、大隈など歯牙にも掛けなかった連中だ。

 —変われば変わるものだな。

 だが鍋島閑叟も直大も、副島、江藤、島、大木、佐野、久米らもすべて京都、江戸、はたまた北越・奥羽戦線へと出払っており、佐賀城下はいつになく寂しい感じがした。

 佐賀城の留守を預かる家老たちに帰還の挨拶を済ませると、大隈は自邸へと向かった。

 すでに自邸へは使いを送り、帰宅を知らせてある。

 馬車が自邸に着くと、親戚や友人が居並んで迎えてくれた。

「ただ今、帰りました」

 玄関口で山高帽を取って挨拶すると、迎えに出てきた者たちから拍手が巻き起こった。

 それも終わり、大隈が邸内に入ると熊子が飛びついてきた。

「お帰りなさいませ」

 玄関には、母の三井子と妻の美登が正座して待っていた。

 また親戚や友人も集まり、この夜は大隈の出頭を祝った宴席が設けられた。

 深更、最後の客が帰り、三井子と女中たちは片付けに入っていた。熊子はすでに眠っている。

「あなた様、よろしいですか」

 最後の客を送り出して戻ってきた大隈に、美登が声を掛ける。

「なんだ、あらたまって」と答えつつ、酒が入って上機嫌の大隈が二人の居室に入る。

二つ置かれている座布団の一つに、大隈が座る。

「やはり自分の家はいいな」

「それはよろしかったですね」

 美登がよそよそしい態度で言う。だが大隈はそんなことに慣れているので、気にもならない。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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