「私は天皇が信任する政府の指名で代表となり、この場に来ている。地位は関係ない!」
幕府との交渉の経験から、外国人たちは日本人の実務担当者は何の決定権も持たないという認識が強く、地位が上の者でないと話にならないと思い込んでいた。だが新政府の要職は公家や大名が占めているので、逆に実務担当者でなければ話が進まないという逆転現象が起きていた。
「では、君はどういう権限を委任されているんだ」
「この件に関する全権だ」
「それは本当か」
パークスが大隈の左右に居並ぶ新政府の高官たちを見回す。
この時、三条らに促された山階宮が立ち上がり、「大隈は日本政府の代表であり、全権が委任されている」と言ったので、パークスも小声で副官のアストンらと協議を始めた。それが済むと、パークスは胸を張って言った。
「いいだろう」
これにより、ようやく談判が始まった。
パークスが再び吠える。
「浦上キリシタン事件で囚われの身となった信者たちを解放せよ。話はそれからだ」
「それは日本の国法に反する」
「信教の自由を迫害することは何人なりとも許されない。それが国際社会の常識だ」
大隈は悠揚迫らざる態度で言い返した。
「国際社会の常識がそうであっても、国法を曲げることはできない。だいいち国法について諸外国が干渉できないことは、国際法で決まっている」
国際社会を後ろ盾にして押しまくろうとするパークスに対し、大隈は国際法を持ち出して譲らない。
「君らの国法は間違っている!」
「たとえ間違っていようと、外国公使に指摘される筋合いはない」
「何を言う!」
パークスが拳を机に叩きつける。
「文明国は、どこでも『信仰の自由』を認めている。自由は何物にも勝るほど重要であり、とくに『信仰の自由』は、文明国にとって最も大切な条件だ」
「なるほど、『信仰の自由』は大切かもしれないが、キリスト教はほかの宗教を信じる者を迫害し、その自由を奪ってきた。中には、他の宗教の信者というだけで残虐な手段で処刑した例まである。それは独善というもので、自由とは呼ばない」
パークスの顔が真っ赤になる。
「確かにキリスト教は、ほかの宗教の存在を認めない。だからこそ、われらは統一された信仰の下、産業革命を成し遂げ、近代国家を築き上げたのだ」
「それは詭弁にすぎない。信仰の統一と近代国家の成立は関係がない。逆に宗教戦争によって、無駄な命がどれほど失われたかを思い出すがよい。君たちが多様性を受け容れていれば、もっと社会は発展していたのだ」
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