ガラリと無遠慮にドアが開いた車に乗り込むと、車内には薄く音楽がかかっていた。陽気な曲と共に歌うようなリズムのパーソナリティーの声が響いている。誘うようでからりとした声を久住がパチリと切ると、途端に車内は静かになってしまう。ワンボックスカーは風俗嬢の送迎用のものなのだろうか、四座席シートでやたら広く、タバコと車独特の淀んだ匂いがした。ドア近くで縮こまって座っていると、久住がこちらに振り向いた。
「あ、どもー、あたらめまして久住です。井沢さんですねー」
髪は茶髪で天然パーマなのか顔まわりでくるくるとうねっている。にっこり笑うと厚めの唇から黄色がかった歯が覗く。座っているせいでよく見えないが、黒いTシャツに包まれた体は肉付きがよく、脂肪としか名付けえないもので膨れていた。風俗店の経営者、というより陽気な遊び人といった風貌だろうか。とはいえ油断は禁物だ。渡された面接シートに記入しながら、脇にはバッグをしっかりと挟み身を硬くしておく。久住はびっしり書いて真っ黒になった面接シートと身分証を受け取ると、ふんふんと読んでいる。
わたしは急いで言った。「わたし、即戦力になれます。女性経験もあるし、実践でも強いと思います。大学ではジェンダーやセクシュアリティについて勉強してきたので、性の知識はあります。ホステスの経験も積んできたので、人当たりの良さにも自信があります」何が何でも、採用してもらわなくてはならない。ここまでの経緯をすべてつまびらかにしても構わない、そんな意気込みでいたら、久住はさらりと面接シートと身分証を返していう。
「はい、採用です!」
「えっ」
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