どのように働くかそれが問題だ

何の仕事をするかと同様にいつの時代も悩み多き「どう働くか」問題。自身も経済記者のかたわら『人生で大切なことは泥酔に学んだ』など執筆活動で活躍する栗下直也さんが、偉人たちがどうやって働いてきたかにスポットを当てます。時代や自分に合わせた「働き方」のヒントが詰まった偉人列伝!!!

「何でもないようなことが幸せだったと思う」とカラオケで懐かしの曲をシャウトしたくてもカラオケもやっていない。自粛という名の自宅籠城に疲弊している人も多いだろう。まさに、先が見えない戦い。この状況には、太平洋戦争の終戦後も28年間グアムのジャングルに潜伏していた横井庄一さんくらいしかもはや耐えられないのではないか。まだ一ヶ月程度だけど。どうすればいいのよ、横井さんと、横井さんから学ぼうとネット書店で『横井庄一のサバイバル極意書 もっと困れ!』を買おうとしたら中古で5000円以上する。もっと困れ!ってこれ以上困ったら自宅で発狂しかねない人もいるんだよ。もう、しんどい、しんどい、しんどい。しんどいけど出たがりません勝つまでは。

戦争を知らない多くの日本人に、何でもない日常が尊いことを今回のコロナショックほど実感させた出来事はないはずだ。そして、同時に今回の騒動で痛感しただろう。未曾有の危機でも、誰も助けてくれないって。「同情するならカネをくれ」ってひねくれていない小学生ですらぼやきかねない状況だが、すぐに貰えるのはマスクだけらしい。それも布。「なんとかしてよ、ドラえもん」と泣きついても、ドラえもんのポケットから出てきたのが布マスクかよ、みたいなガッカリ感。「一年後の5万円より今の1万円」に食いつくのが我々庶民だからか、10万円の給付金配ります!といわれても、先に届く布マスクに落胆してしまう。 「この状況で布マスクって戦時中の竹槍かよ!」と突っ込んでいたテレビコメンテーターがいたが、我が国は80年程前に鉢巻きして竹槍の練習していたことを忘れてはいけない。コロナウイルスに布マスク、B29に竹槍である。DNAは嘘をつかない

とはいえ、嘆こうが、途方に暮れようが、我々は生きなければいけない。声をあげるのは大事かもしれないが、マスクに文句をいって、10万円もらったところで、根本的な問題は解決しない。「この国を変える」と息巻くのは重要だが、ボケーと餌を与えられるのをまっているだけでは国が変わる前に野垂れ死にしかねない。

新型コロナウイルスとしばらくは共存しなければいけない世界は企業のあり方や「働き方」を一変させるだろう。緊急事態とあり、不要不急な形式的な「ご挨拶」や「打ち合わせ」がなくなってせいせいしたと思ったら、カネまでなくなる。仕事までなくなりかねない。おい、俺自身が無駄だったのかよと、こぼしたところで、自宅籠城しているから誰も突っ込んでくれないし。

多くの企業で残業代はカットされるだろうし、すでに雇い止めの動きは出ているように雇用すら危うい。飼い慣らされた会社員やその会社員すらまっとうに果たせない私のような人間が国や会社を頼れなかったら、どのような心持ちでいればいいのか。会社に滅私奉公し、国を信じても路頭に迷いかねない未来を見据えた場合、果たしてどう働き、稼ぐべきか。必要なのは個のモデルチェンジだが、我々はいかにモデルチェンジすべきか。自身や周囲の人のちっぽけな経験で判断しては時代の荒波にのみこまれてしまう。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とドイツの宰相ビスマルクが言ったように、困ったときは歴史に学ぶしかない。成功者達は、どのように働いたのか。偉人たちの働き方を振り返れば、何かヒントがあるはずだ。それこそが唐突な一文で始まった本連載のテーマだ。

例えば、今回のコロナショックでみんな、気付いてしまったはずだ。会社に行かなくてもいいのではないか。在宅勤務、裁量労働制、オンライン会議・・・これまで制度はあったが活用されているとはいえなかった諸制度が急に浸透した感がある。人間は基本、楽をしたい生き物だ。脳がそうできているから。5時間ぶっとおしの会議が復活することはないだろうし、在宅勤務も広く容認されるはずだ。東京のマンションを売り払って長野県あたりに移住する人も増えるかもしれない。

そもそも「伝統」と思われることが「伝統」でないことは多い。 多くの人が会社に勤め、まじめにサラリーマンとして働き始めたのも長い歴史でみれば、ごくわずかな期間に過ぎない。総務省統計局の労働力調査では2019年は就業者に占めるサラリーマンの割合が9割弱を占めるが、1953年には4割強にすぎなかった。戦後10年近く経ってもその程度だったのだ。そして、サラリーマンたちもガチガチに縛られているわけではなかった。誰に言われることもなく、サボりと紙一重の「ひとり働き方改革」を実践した者が偉人の中にも少なくない。

 「金田一耕助」シリーズでしられる、作家の横溝正史は小説家デビューするまでサラリーマンだった。昭和初期、専業作家になる前に編集者として会社勤務していた。とはいえ、午後4時くらいに顔を出すだけ。それで呑みに行っちゃう。サラリーマンといえど、こんないい加減だったのだ。業務に支障がなければそれで問題ないのだ。本当は行く必要もなさそうな感もあるが、一日一回顔を出すのが生活のリズムになっていたようだ。実際、退社後に横溝はすぐにアル中になる。酒好きに暇を与えたらアル中になる。金田一耕助でなくてもわかるのに。

こういう例を見ると、あまりにも自由すぎると困るという人もいるだろう。暇すぎてアル中と聞いてドキっとした人もいるはずだ。自由は時に不自由なのだ。縛られたい、縛られたい、もっと縛られたい、お願い、お願い、お願い、濃厚接触が怖くて縛ってくれないなら自分で縛るという人もいるだろう。

無頼派で知られる、作家の太宰治も実はその一人だ。戦後の一時期は、住居と別に部屋を借りて、弁当を持参して、毎朝の九時すぎにその部屋に「出勤」し、午後の三時頃まで仕事をしていたという。全くもって、無頼じゃないけど、気持ちはわかる。

こうした例をあげると、「時代が違うし」「昔ほど今の時代は適当じゃないし」という声が聞こえてきそうだが、本当にそうだろうか。横溝や太宰が生きた昭和初期や戦後すぐの時代も当事者達にしてみれば混沌としていたはずだ。我々が直面するコロナ危機も、おそらく、後世の人たちは、「この時代の人たち、なんでこんな滑稽なことしているの。トイレットペーパーってそんなに必要なの」と突っ込みどころ満載になっている可能性は高い。オイルショックでのトイレットペーパー不足を我々が笑っていたように。

そうなのだ。笑われようが、いつの時代も当事者は大変なのだ。つべこべいわずに働き方のヒントを偉人に学んでみようではないか。

アクの強い偉人の爆笑泥酔話27。福澤諭吉から平塚らいてう、そして力道山まで。

この連載について

偉人たちの仕事列伝 どのように働くか?それが問題だ

栗下直也

何の仕事をするかと同様にいつの時代も悩み多き「どう働くか」問題。自身も経済記者のかたわら『人生で大切なことは泥酔に学んだ』など執筆活動で活躍する栗下直也さんが、偉人たちがどうやって働いてきたかにスポットを当てます。時代や自分に合わせた...もっと読む

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sayusha 【連載スタート】経済記者のかたわらHONZなどでの執筆活動でもおなじみ栗下直也さんが描く 5ヶ月前 replyretweetfavorite