可愛くってずるくっていじわるな首相にカンパイ

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載「ニッポンのおじさん」。満を持して(?)の復活です! 今回は、新型コロナウイルス対策で迷走中の安倍晋三首相について。「うちで踊ろう」動画問題を発端に、女子たちの言う「安倍カワイイ」の本意に迫ります。

昭和天皇崩御と「カワイイ」

 湾岸戦争の時も地下鉄サリン事件の時も、他局が軒並み緊急特番を放送する中、それでも地球とムーミン村は回っていると言わんばかりにムーミンを放送していたテレビ東京ですら、他局と足を揃えて報道特番を組んだその日。どのチャンネルを捻っても「昭和」の映像が流れるばっかりでつまらないので、5歳だった私は仕方なく夕ご飯を待っている間、ビデオテープでスウェーデンの赤毛ツインテールの少女が馬を持ち上げたり長い靴下を履いたりする映像を観ていたことくらいしか覚えていないが、とにかくその日から遡ること3ヶ月間、日本はコロナも驚く自粛ムードにあった。

 昭和天皇が病に倒れた時、皇居に「見舞い」に集まった群衆の中にいた十代の女性たちの気分を、当時大塚英志は「聖老人の中に傷つきやすくか弱い自分自身の姿を見ている」と評した。そして「孤独な忘れられた聖老人の姿」を見る彼女たちの「かわいくて、かわいそうだ」という呟きに、それまで大人たちが唱えたことのある天皇観や思想的な天皇の意味に回収され得ない眼差しを発見し、その後サブカルとしてのナショナリズムという新しい論点を発展させていったのである。

 で、カワイイの方はというとその後、ギャル雑誌の名前にもなり、グウェン・ステファニーの歌詞にもなり、クール・ジャパンのスローガン的な感じにもなり、「りぼん」の付録やファンシーグッズからさらに飛躍して大きく世界に羽ばたいたわけだが、そんなカワイイが最近再び身近かつ意外なところで濫用されている。

星野源の「うちで踊ろう」動画に便乗した安倍首相  

 ウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令され、いよいよみんなが屋内で暇を持て余し出した東京で、若くカワイイ女子たちの命題は、おうち時間をいかに可愛く快適になるべくポジティブに過ごすかといったことになり、オサレな料理をオサレなフィルターで撮影してインスタにアップするとか、インテリアに凝るとか、エクセサイズするとか、そういった解答の一つとして、ジャパニーズ・ポリティカリー・コレクトにおいて常に一歩先ゆく星野源が、SNSにアップした歌の動画が人気だ。星野源がギターを弾きながら「うちで踊ろう」と歌う動画に、自分の自宅でのひとときや曲に合わせて踊る映像などを合体し、みんなが星野源の曲とコラボしながら、ネット空間を飛び回る。ユーチューバーでもない限り、自宅内で動画を撮るなんて面倒そうだが、有り余る時間と虚栄心と星野源愛に支えられ、一気に拡散した。どれくらい拡散したかというと、与党トップでたしか日本のリーダーでもあるような人も、自分の動画とともにアップするくらいに。

 「桜を見る会」における公選法違反疑惑がコロナ禍に飲み込まれたはいいが、ダイヤモンドプリンセスの対応のまずさあたりから、支援金交付における決断のブレ、顎のはみ出たマスク姿、さらにそのマスクを数百億円かけて国民にも配布してくださるという微妙な政策まで、いよいよ政権への不信感が蔓延していた矢先のことだけに、アップ動画には結構辛辣な感想が寄せられた。ポリティカリーにはコレクトな星野源自身も、ポリティシャンによる音楽利用にはかねてから若干懐疑的なことを書いており、今回も「安倍晋三さんから事前連絡や確認は事後も含めて一切ありません」と、端的に言えば「オレ自民党とも政界とも関係ないから」といったメモをインスタにアップしている。

 ポピュリズム的な意味で明らかに大衆ウケを狙った投稿が炎上し、当のミュージシャンにも全くありがたがられないどころかちょっと突き放され、コビが空回って目も当てられない、ということで私自身あまり目を当てずにいたのだが、知り合いの雑誌編集から、若い女性の反応を詳しくみると、実は今ちょっと面白い流れになっているとネットで話題で、と指摘されて渋々目を当ててみると、ここに来ていわゆるネトウヨとか安倍応援団とか呼ばれる人たちとはまた別の文脈で、安倍応援団が編成されつつあることが私にもわかった。団員は可愛くって若くって政治色のない女性たち、キーワードは「カワイイ」。流れを追っていくと、TikTokなどで安倍氏の動画をあげて愛でる者もいて、それは憲法改正や反韓などを唱えて何故か安倍氏に心酔するような輩の中で明らかに異色で、大塚英志が皇居前で感じた不思議な少女たちの気分と少し重なる。

女性人気ではなかったはずの安倍政権  

 第一次安倍政権が参院選惨敗からやや間をあけて、首相の体調不良によって倒れた際、病床にあった昭和天皇に向けられたような眼差しは一切なかった。むしろ女性の方が辛辣で、2012年の自民党総裁選で安倍氏が再び候補に立った時、たまたま新聞社の選挙班にいた私の周囲には、「女はあの情けない姿で退陣した安倍さんには冷たいね、おじさんたちの方がまだ、もう一回チャンスをあげようってムードになっている」といった声がちらほら聞こえた。

 たしかに、退陣時の安倍氏は明らかに顔色が悪く、また選挙大敗の責任をとって勇退という引き際を逃した往生際の悪さも目立って、内閣改造後1ヶ月の辞任は人的、作業的損失も大きく、無責任で頼りない印象が女性たちの「この男に任せたくない」といった拒否感を誘っていた。その結果、まさかの器量ではあまり優位にいない石破氏に「こっちのがまだマシ」的な女性票が集まり、たぶん石破氏に人生最大のモテ期が到来していた。が、結果として決選投票は安倍氏が制し、その後の衆院選では二大政党制を夢見た民主党が散りまくり、歴代最長の在籍日数を誇る総理大臣が誕生した。

 かといって統計不正にモリカケ桜、閣僚の不祥事など、政権を揺るがすはずの風を巧みに操り、盤石な政権運営をしていた際に、彼の応援歌として目立っていたのは前出の、歴史観や憲法観などに賛同する自称保守派や一部の芸人・財界人などで、あとは、自民党が安定して国を運営していてくれるのが日本の運命としてはまだマシかも、という、政権交代絶望組の無党派層が声なき声で容認していたに過ぎない。少なくともFDRやケネディ的な女性人気はなかったし、嫌いだけど麻生さんとは寝れる、嫌いじゃないけど安倍さんとは寝たくない、とかいう声すら結構聞こえた。その頃、カワイイはまだAKBや韓流アイドルやバレンシアガやYSLやせいぜい小池徹平あたりの手元にあり、永田町にはなかった。

「カワイイ」とは何か  

 ここへきて、爆発とは言わないまでも一部の女子たちの間でふつふつと湧いている「安倍カワイイ」はなんだろうか。ところでカワイイは一応褒め言葉や少なくとも好意であると思うけれど、どんな性格の言葉だったか。ライオンになくて猫にある。狼になくてチワワにある。ディートリヒになくてヘプバーンにある。上野千鶴子になくて水卜アナにある。レザーになくてファーにある。10代にあって40、50代にあんまりないけど80代には結構ある。

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

suedorf この記事で知った。サムネにつられて読んでみたら思いの外面白くて他の記事読み漁ってる。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

black_ennyuka 今日の会見、批判してる人多いけど、安倍さん頑張ってたし、可愛かった! 5ヶ月前 replyretweetfavorite

natsukichi こういう文章力ほしかったな(笑) 5ヶ月前 replyretweetfavorite

consaba 鈴木涼美「昭和天皇が病に倒れた時、皇居に「見舞い」に集まった群衆の中にいた十代の女性たちの気分を、当時大塚英志は「聖老人の中に傷つきやすくか弱い自分自身の姿を見ている」と評した。」 5ヶ月前 replyretweetfavorite