ギリギリの介護家族を支える命綱

母のガンが発覚し、認知症の父の介護に限界を感じたあまのさくやさんは、通所型のデイサービスを利用することに。そして、デイサービスがギリギリの状態の介護家族を支えものであることを実感します。その施設が、もしも今、緊急事態宣言を受けて閉鎖されてしまったら、とその思いを綴ります。

※これまでのお話は<こちら>から。

家族を守る命綱

― 2017年 父65歳 母61歳 私32歳 ―

「デイサービスで、入浴のサポートが受けられるんですよ」

ケアマネージャーさんがあまりにもあっさりと言うので、私は疑うように聞いた。

「えっ? デイサービスで、お風呂に?」

日々、父との『入浴戦争』に悩まされていた私は、身を乗り出して話を聞いた。

「はい。ご自宅のお風呂で、ヘルパーの介助を受ける方法もありますが、急に知らない誰かに介助されるのは、お父様にとっても不安だと思います。デイサービスに通って、そこのお風呂で職員の介助を受けていただいたほうが、驚きは少ないかもしれませんね」

『通所型デイサービス』の存在は知っていた。車の送迎つきで通うことができて、体を動かしたり、人と話したりして、1日を過ごせる場所。外出機会の減った父を、ぜひ通わせたいと思っていた。
入浴については、自宅でヘルパーさんの介助を受けるのがいいのかな…。漠然とそう思っていた中で、ケアマネージャーさんのこの提案をうけたのだ。

家でなんとか入浴をさせても、父はもう自分でうまく頭や体が洗えなくなっていた。シャンプーを流しきれていないのか、手が届いていないのか、フケが出たり、髪の毛がべたついて見えた。湯船に浸かっていた父が、のぼせてお風呂から出てこれなくなり、母が引っ張り出したこともあった。『父をお風呂に入れる』という習慣は、いつしか高い高い壁として、家族の生活の中にそびえ立っていた。

娘の私が父の入浴を介助するのは、はっきり言って『嫌』だった。母にすら手伝わせない父が、娘の私の入浴介助を受け入れるとも到底思えない。
私が父の入浴を介助することは、私と父にとって、『越えてはならない一線』だったのだ。

今日、父はお風呂にすんなり入るだろうか? もしものぼせて、湯船から出てこられなくなったら? 私は、裸の父を湯船から引っ張り上げる感触を想像しては、そんな経験一つで、父に嫌悪感を抱くようになってしまったらと不安になる。母も不在の今、父の入浴にまつわる問題は、今日か明日か、もう目前まで迫る、一刻を争う事態だった。

その後、父はデイサービスに通い始めた。はじめて介助浴をお願いした日、自宅まで父に付き添ってくれた職員さんに、恐る恐る聞いてみた。

「お風呂、どうでした?」

すると職員さんは言った。

「あ、抵抗なく受け入れてくださいましたよ!」

いとも簡単に、明るい口調で言われたので、心底驚いた。
先を急ぐ職員さんはそれ以上多くを語らないままに、「じゃあ、また明日~!」と笑顔で父に手を振って玄関のドアを閉めた。

とても、不思議な瞬間だった。
家族には高く高く見えていた壁が、すんなりと越えられていたのだ。

この日、母や私は、毎日の入浴戦争から解放された。もっと言えば私は、『父の入浴を介助しなければならないのだろうか』という不安の最前線から、解放されたのだ。

入浴のことだけではない。いつからか父は、喉が渇いたと水を飲んだり、エアコンをつけることをしなくなっていた。机の上に食事をセットしておいても、声をかけなければ食べない。そんな父をほぼつきっきりで見なければならなかった家族にとって、デイサービスは大きな救いだったのだ。

少し楽ができて助かった、というレベルではない。明らかに、『家族ができないことをやってくれている』。デイサービスは間違いなく、介護家族が、綱渡りのようなギリギリのバランスを保つために欠かせない役割を担ってくれているのだ。

家族だけでは解決できないことが、介護には溢れている。
在宅で介護する人にとって、介護サービスは、『家族を守るための命綱』なのだ。

どんな状況下でも、とにかく相談できる人を作っておかなければ。
相談できる人もなく、家族のみで八方塞がりになっていたらどうなっていただろう…?と思うとぞっとする。


家族での介護の限界

その2ヶ月前。

母のがんが発覚した私は焦っていた。
父の認知症は進行している。母は検査入院中で、治療の方針も定まらない。しかも私は両親と同居しながら、在宅で仕事をしている。

母がいれば、父の介護は母が頑張ってくれていただろう。なんとなくそんな認識でいてしまった私に、不意に迫った命題。それは、『母なしでどうやって父を介護していくか』ということだった。

アルツハイマー型認知症の診断がおりて以来、主治医からは、『要介護認定を受けた方がいい』と勧められていた。結局、母の病気の発覚が後押しする形で、私は『要介護認定』へ向かって走り出すことになる。

しかしそれは、私にとって、まったく未知の世界。
『要介護認定』ってそもそも何なの?
介護サービスって、具体的になにが受けられるのだろう?
それを父は、素直に受け入れてくれるだろうか?

様々な疑問も不安もあったが、それ以上に、『家族以外の協力者がいなければ、この先がまずいぞ』という肌感覚が私を強く突き動かしていた。

まずは、『地域包括支援センター』へ。私の住む地区では、それが要介護認定への第一歩のようだ。
窓口のおばさまに促されるままに『要介護認定』の手続き書類を記入していると、こう聞かれた。

「今後福祉サービスを利用するにあたって、ケアマネージャーが必要になります。つながりのある方や紹介してくれそうな事業所さんはいますか?」

『ケアマネージャー』は、いわば、父の介護にまつわる計画をまとめてくれ、今後受ける介護サービスとの橋渡しをしてくれる存在だ。私には何も思い当たるつながりがなかった。

そう伝え、どこかおすすめはありますか?と聞くと、おばさまは思い当たるところがあったようで、「ここがいいかもしれません」と電話番号を教えてくれた。

話をとにかく早く進めたかった私は、その場ですぐに電話し、数日後ケアマネージャーさんの自宅訪問が決まった。


ケアマネージャーさんの存在がありがたい

そして約束の日、ケアマネージャーさんが家にきてくれた。
父も同席しつつ、私は聞かれるがままに、洗いざらい、父や家族の状況を話した。
話し始めると思いが流れ出して止まらず、次から次へと口から出てきた。

母の病気についてのこと。今後が不安であること。今の生活の流れや、父の介護にまつわる困りごと…。些細な出来事の一つ一つまで、誰かに聞いてもらっている嬉しさと、具体的な解決に一緒に向かってくれるという安心感を感じながら、気がつけば私は少し泣いていた。話を受け止めてくれるケアマネージャーさんの存在が、もう初日から、すでにありがたかった。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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コメント

tatsunyan1230 保育もそうだけど、介護はもっと大変だろうし、デイサービスなんかの施設が閉所するとしんどいだろうな…、物理的にも精神的にもまさに命綱。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

tym_tomoniikiru 「家族だけでは解決できないことが、介護には溢れている。 在宅で介護する人にとって、介護サービスは、『家族を守るための命綱』なのだ。」 約2ヶ月前 replyretweetfavorite