2013年9月8日未明、私は朝まで飲んでいた。前夜には素敵な朗読劇を観て楽しいごはんを食べ、カラオケへ流れて心ゆくまで歌った。同世代が集まったせいか順番に好きな曲を選ぶと20世紀末のものばかりで、とくに1997年の曲が多かった。早朝の原宿竹下口はガスがたなびいたように薄墨色に寝ぼけており、くっきりと赤いランプを点した空車のタクシーはなかなか捕まらなかった。
親しい人々と両手を大きく振って別れ、帰宅したのは4時50分で、早くに目覚めた家人が居間でテレビを観ていた。固唾を呑む音が響くほどの騒々しい静寂、どのチャンネルも、ものものしい雰囲気の臨時放送だ。地球の裏側にある都市と生中継が繋がって、2020年の夏に新しい■■が勃発するその場所が東京に決まったと、小声で高らかに宣言された。
■■が来れば、景気がよくなる。特需の恩恵に与ろうと、この世界規模の■■を待ち望み、招き寄せようと目論む人々は、夜を徹して大広場に集結し、ひしめき合って加持祈祷を捧げていた。「総理大臣が前線で戦っているときに、日本が寝静まっていてはいけない」と起床を呼びかけた者もいる。御百度参りのように暗闇の中を走り続ける人もいたらしい。万全の臨戦態勢を誇る我が国こそが、激戦を勝ち抜いて名誉ある主戦場となるに最もふさわしい……自国の勝利を願う祈りとも、他国の敗北を願う呪詛ともつかない、そんな念波がガスのようにたなびいていた。睡眠や静寂なんて、欲しがりません、勝つまでは。
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