習慣を味方につけて、後天的に素直さを手に入れる|6

精神分析学者フロムは「愛するということ」は後天的に身につける技術であると言っていました。そういえば、言葉というものもすべて、環境的で後天的に身につくものですね。今回はサクちゃんが自分の意志で身につけた後天的な性格について書いています。そしてコロナの世界を過ごすためにも。(毎週火曜日更新)

蘭ちゃんへ

こんにちは!
お元気ですか、という言葉がこんなにも意味をもつ日が来るとは思ってもいなかったけど、体調など崩していませんか?

わたしは元気ですが、新型コロナウイルスの影響があって、日々考えることや決めないといけないことが山積みで、少々疲れています。まあ世界中が疲れているよね。

*ー*ー*

さて、正直さについてでしたね。

蘭ちゃんは身体が先に反応するから、その声を聞いて感情を確認して、行動する結果、正直でいられるのですね。身体が先とも言えるし、身体に出るまでは気がつかないとも言えるのかも。

自分の中で相談して「何がいやなの?」と尋ねるのは、わたしも同じ!とちょっとうれしくなりました。それが、蘭ちゃんのいう、わたしの中の大人のわたしと子供のわたしの会話なのかもしれません。

とはいえ、わたしはというと、つい最近までぜんぜん正直ではありませんでした。

「正直で素直な人」は、子どもの頃に大人から十分に愛されて育った人に備わる能力だと思っていたので(ね、この時点でもう素直じゃない)、自分が正直ではないことに疑問にもつこともありませんでした。

でも、30歳を過ぎてから(遅い)、どうやら正直じゃないといいことがないっぽいな?と気が付きはじめ、どうにか後天的に正直な人になれないものかと考えました。子どもの頃の環境で培った素直な正直さを「ネイティブな素直さ」だとすると、あとから工夫して得る「クリエイティブな素直さ」を手に入れたいと。

これはわたしのもつ自己中心的な考えで、かなり図々しく考えられる性分でもありますが、今でもグッジョブだったと思います。自己チューも使いようだって話。

*ー*ー*

この「クリエイティブ素直」を手に入れるためにどうしたかというと、まず、目指すべき素直である、正直であるとはどういうことか明文化しました。わたしは「正直な人とは、自分の感情、欲望、知と無知を過不足なく捉えていて、他人にどう思われるかどうかで自分の考えや振る舞いが変わらない人」と定義しました。

この定義に沿うと、正直さは、もともとの性格や性質だけでつくられているのではなく、むしろ他人の目を気にしてしまう性質があったとしても、自分のことを過不足なく知ることで手に入れられるのではないか、と思えます。

まさに蘭ちゃんが以前、他人の目をアンインストールしデトックスしたように、もとの性格や性質はそのままでも、自分は変わらないままでも、何を捨てて、何を知るかによって、つまり知性でカバーすることで正直さは後天的に手に入れられるのだと。自分で言うのもなんですが、これって希望でしょう?

具体的にしたことは、他人の目を捨てること、人のせいにしないで自分がどうしたいか知ること、感情を無視しないで優先すること、知っている世界が狭いと認めて広げようとすること、そのために他人の力を必要とすること。

性格とは関係なく、これらをするぞと決めて努力をしました。

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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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kuri_ai https://t.co/TiuboiZaB1 4ヶ月前 replyretweetfavorite