名選手は親孝行である
私が選手を褒めるとき、「ようなったな」の後に続けて、しばしば付け加える言葉がある。それは「親孝行せいよ」の一言である。
「孝行のしたい時分に親はなし、だ。親孝行はできるときにしておかないと、後で後悔しても知らんぞ」
そんなふうに声をかけていたのを思い出す。
多くの人が忘れがちだが、親への感謝の気持ちは人生の原点というべきものである。親がいたから、自分が存在できている。だから、親には当然感謝の念を持つべきだ。
V9時代に巨人の指揮を執った川上哲治さんが、NHKの解説者をされていて、淡口憲治(巨人→近鉄でプレー)という左バッターを評して次のように語ったことがある。
「この選手は間違いなくよくなりますよ」
アナウンサーが「なぜですか?」と質問すると、川上さんはこう返した。
「この選手は親孝行だから」
親孝行と野球がどう関係するのかといぶかる向きもあるかもしれない。だが、大いに関係あると私は断言できる。
親孝行は感謝の心である。自分を育ててくれた親に感謝の心を持つことで、恩返しをしたいと考えるようになる。そのためには選手として活躍しなければならない。一試合でも多く出場し、結果を出す必要がある。
結果を出すためには、人一倍努力する必要がある。どうすればうまくいくかを必死で考え、実践し、失敗すれば修正し、創意工夫しながら練習していくほかない。こういった努力の源となっているのが親孝行なのである。
実際に、名選手の多くは親孝行であるといわれる。それは、長年プロ野球の世界を見てきた私の経験、実感とも合致する。
私自身、プロ野球の世界で努力をして結果を残すことができた第一の理由は、貧乏から抜け出して、女手一つで兄と私を育ててくれた母親を少しでも楽にさせたいという思いがあったからだ。
母親への仕送りを増やすには、自分が一軍に上がり、レギュラーとしてプレーしなければならない。その一心で人一倍練習もしたし、ヒットを打つため、相手バッターを打ち取るための研究にも誰よりも打ち込んだ。すべての起点が親孝行だったのだ。
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