メモをとらないと記憶を捏造してしまう
私は現役時代から「メモ魔」と自負するほどにメモを活用していた。メモを取り始めたきっかけは、誰かの助言があったわけでなく、あくまで自主的な動機だった。
現役時代、ホームラン王を取った後に成績が伸び悩んでいた私は、“読みの精度”を上げることで状況を打開しようと考えていた。
そこで、毎晩試合が終わってから相手バッテリーの配球、ピッチャーの投球のクセ、バッターの特徴などを逐一メモに記録するようにした。
ピッチャーはキャッチャーのサインを見て、サインが決まるとグラブの中でボールを回して握る。真っすぐのときの握りと変化球のときの握りは違うから、一連の投球動作の中にほんのわずかなクセが出る。ただ、ピッチャーは自分のクセが見破られていることを察知して、フォームを修正することがある。動作のクセ、修正の記録も含め、気づいた情報を日々書き込んでいたというわけだ。
それだけでなく、なぜヒットを打たれたのか、なぜ抑えることができたのかを自分なりに分析し、それについても細かく記録した。
なぜメモを重視したかというと、何より人間は忘れやすい生き物だからだ。人間の記憶力というのはおおよそ当てにならない。一晩経つと、前の日にあった細かい出来事などはほとんど忘れてしまう。忘れるだけならまだしも、自分の都合のいいように記憶を捏造してしまうこともある。
私の場合、キャッチャーとして一試合に何人ものバッターと対戦し、それが連日続くから、一年で蓄積する情報量は膨大なものになる。特定の一打席、一球について記憶し続けるなど不可能である。だから、その日のうちにメモをしておくことが重要だ。私は夜中でも、ふと目が覚めて当日のゲームについて気がついたことをメモすることがあったから、必ず枕元にノートと鉛筆を用意していた。
メモをすることの効用には、感性が高まることも含まれるだろう。一流選手であるほど、小さなことに気づく感性に優れている。逆にいうと、細かい感性に欠ける選手は絶対に一流にはなれない。
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