女としての人生を考えなきゃ、と思ったときには36歳
個人主義の時代の、しかも庶民の場合、誰かにプロポーズされた時に首を縦に振るか横に振るかの大部分が、その人への愛情や興味によって決まると考えられるが、それとは別に結婚というもの自体への「したい」「したくない」がもちろん存在する。そしてそれもまた「したい」「したくない」の白黒の間に、「今はしたくない」「まだしたくない」「よくわからない」「したいけど勇気がない」などのグレーの部分が幅広く横たわる。
10代はもちろん、20代半ば以前であると、むしろほとんどの女性がこのグレーの部分にいて、ものすごく愛に燃えているとか妊娠したとか、強い動機付けでもない限り、突然のプロポーズには戸惑い、すぐには答えが出せなかったり、思い悩んだ末に「あなたのことが嫌いなわけじゃないけど」と歯切れ悪く断ったりする。
ただ、30代になると女の生殖器官の特性も手伝って、グレーは白側にどんどん傾き、「そろそろしたい」「いい加減したい」と白の厚みが増してくる、というのがごく一般的な場合である。ただ、別に29歳と30歳で性格が全く変わるなんていうことはありえなくて、30歳の誕生日に自分の年齢の響きにおののき急に意識が変わるものもいれば、まだまだ他のことに興味があり、響きのおどろおどろしさに気付かない人だっている。
年齢の前後はあれ、働く女がふと人生について考えるタイミングというのは遅かれ早かれ突然やってくるものらしい。そしてそのタイミングが遅ければ遅いほど、もちろん人生の選択肢は知らぬ間に狭まっている。彼女が初めて真剣に女としての人生について立ち止まって考えなくては、と意識したのは昨年のことで、今年、彼女は36歳になる。
「去年のお正月に絵馬に描いてある動物見ながら、何気なく干支を順番に口ずさんだら、あ! 私来年が年女っていうことになるなって気付いて。あー24歳の時におじいちゃんと商工会の豆まきで豆まいたのってもうそんな前か、とか一瞬のんきな思い出に浸って、ん?てことは、次は36?ってなって急に焦った。その時は誕生日前だから34歳だったんだけど、もう今妊娠しても高齢出産かよ! って衝撃」
彼女のキャリアは結構華々しい。出身こそ地方の公立高校だが、大学在学中にカナダに1年間留学、そのため同級生から1年遅れて卒業したのち、大手広告代理店にさらっと就職した。当初、営業畑に配属されて思うような仕事ができず、またパワハラ上等な上司とぶつかり合うなどトラブルはあったものの、彼女のことを入社当時から目をつけていた良心的な上司も数多くいたせいか、特例的な異動ができ、希望通りマーケティング関連の部署でメキメキ良い仕事をした。
給料は申し分なく、オーバーワーク気味とはいえやりがいと楽しさのある仕事は、多少の睡眠不足やストレスを吹っ飛ばす程度には入れ込む価値があった。職業柄、出会う人の数も多く、また目に見えて結果がわかるような仕事、名前が残るような仕事も増えた。潤沢な資金と立場上、見た目に気を抜くことも許されないと思った。器用でセンスの良い彼女は「仕事バリバリ」と「美人でおしゃれ」とを、当然がごとく両立してきた。
普通以上に満足のいきそうなキャリア人生ではあるものの、もともと起業家精神とクリエイティビティに溢れた若干暑苦しい性格の彼女は、「一生同じ会社で働く気は全然ない」と、仕事以外の活動も精力的に進めた。ソムリエ、調理師、フードコーディネート、野菜ソムリエ、栄養関連などなど、特に食品関係の勉強は惜しまず、教室に通ったり本を読んだりしながらいくつか資格もとった。
仕事、遊び、起業の準備……結局、恋愛が後まわし
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