ガマンづよい」人が自分にかけてしまう呪い

「自分自身でかけた呪いなら自分でとけるはずだ」とサクちゃんは力強く語ります。やりたいことがなくても、無理も背伸びもせず、笑って暮らすためにサクちゃんが考え続けてきたことを、新刊『世界は夢組と叶え組でできている』よりお届けします。

諦めの呪いを、許可でとく

シングルマザーがクッキー屋を8年間営んでいるという現在の状況になって、過去を振り返ると、よくここまでやってきたなと自分を褒めたい気にもなるのだけれど、こうなろうと目指してなったわけではないし、子供のときに「大きくなったらシングルマザーになってクッキー屋さんをやりたい」と思ったことは、もちろんない。自分でもときどき「わたしはいったい何をやっているんだろう」と思うことがある。

わたしは、今まで目標に向けてすすんだことが一度もない。嗅覚だけで、いい匂いのするほうへすすんできたような気がする。常により良いほうを選んできたはずだったけど、「選ぶ」というより、そもそも他にも選択肢があるのを知らなくて、いや、知ろうとしなくて、知っている中だけで、これしかないかという「諦め」で決めていたかもしれない。ただ、そのときはちゃんと良いほうを選んでいるつもりだった。そういうやり方しかできなかった。

23歳で子供ができて結婚したとき、結婚について理想や目標が一切なくて、「こういう夫婦になりたい」「こんな家族をつくりたい」と考えたことが一度もなかった。だから、当時の夫には「結婚してもいいけど、考えたことがないから続けられるかわからない」と宣言し、「誓えないから結婚式はしない」と言って挙式もせず、ノープランで結婚生活が始まった。

ただ、わたしは、先のことはあまり考えられなくても、目の前のことを解決する能力があるので、日々はまあまあ平和にすごしていた。わたしと同様に若かった夫は、仕事の都合をつけられる立場ではなく、がんばってたくさん働くことでしか生活費を稼げなかったので、よりお給料のいい深夜の時間帯で働いていて、午後に起きて朝方に帰宅し、日中は寝ていた。そうなると当然育児はわたしがひとりでやっていたのだけど(うわさのワンオペ育児)、これが特に大変なことはなく、ひとりで楽しくできていた。夫は実際いないので期待することがなく「夫がいるのに何もやってくれない!」という不満もない。それぞれの役割をやればいいと思っていた。

育児はひとりでできちゃうし、特に困っていない。夫は仕事をがんばり、収入を得る。ケンカもなく一見平和なこのやり方ですすめていって、どうなったかというと、家の中に夫の居場所がなくなってしまった。その結果、ほどなく離婚することになった。

その流れの中では、それがいちばんいい方法だった。常に良いほうを選んできたら、そうなってしまった。

もしも、「こんな夫婦になりたい」「こんな家族をつくりたい」と理想や目標があったら、「なんかちがう」というポイントで不満が生まれたり、「もっとこうしてほしい」と夫に変化を求めたりしたのだろうか。ぶつかりながら方向をすこしずつ変えて、「あっちに行こう」ともっと先にすすめたのだろうか。

目の前の問題をひとつずつ解決して、より良いほうを選択して、たどり着いたのは、自分が望んでいた場所ではなかった。こうしかできなかったのだから、これでよかったのだと思う半面、どうしてこうなっちゃったんだろうとも思う。

わたしが選んだつもりで諦めてきたものは、いったいなんだったんだろう。「これしか知らないからしかたない」と、選択肢を貪欲に広げようとしなかったのは、なぜだろう。わたしが、「こうなりたい」と目標に向かってがんばることがどうしてもできなかったのは、自分がしあわせになることを許していなかったからだ。しあわせになるための選択肢を見つけようとしないのは、自分にそんなものは用意されていないのだと信じていたからだ。

目標を立てられないことがダメなのではなくて、自分がしあわせになってもいいと許可してあげられないことがダメだったのだ。

おそらく子供の頃から「素直じゃない」理由も同じだ。素直に、正直に、欲しいものは欲しい、好きなものは好き、したいことはしたいと認めていくと、最後に待っているのは「しあわせになりたいか?」だからだ。

しあわせになるんじゃなくて、目の前のことをしあわせと思うかどうかでしょ、などと言っては、なかなか認められなかった。今でもまだちょっとむずかしい。だけど、「自分をしあわせにするほうを選ぶ」と決めることはできるよなと思っている。

いちばんの呪いは、自分自身でかけているかもしれなくて、それなら自分でとけるはずだよっていう話。

ガマンの鎧を着ている人

自分がガマンの鎧を着ていると気がついたのは30歳だった。

もちろん生きていれば誰もがガマンをした経験はあるし、「わたしは誰よりもガマンをしてきたのよ!」と、不幸自慢をしたいわけではない。むしろ他人から見たら「じゅうぶん好き勝手にやってきたじゃないか」と言われるくらいだと思う。

自分では選べない家庭環境や経済状況でガマンすることは少なからずあったし、生まれもった見た目や体質で、他人を羨ましいと思うこともあった。比較的早いうちに子供を産んだことで、20代にガマンしたことは1000個じゃ足りないと思う。でも、問題なのはそのガマンの数ではない。

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世界は夢組と叶え組でできている

桜林直子

やりたいことがない人は、どうすればいいの? そもそもやりたいことって、なに? 「やりたいことをやろう」「夢を持とう」と、やりたいことのある人=「夢組」に向けたメッセージがあふれるなか、やりたいことのない人=「叶え組」に寄り添う“考え方...もっと読む

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コメント

stellarossa_mk2 通販で買ったSAC about cookies、やさしい味でとってもおいしかった。箱もとってもかわゆくて。また食べたいな。 6ヶ月前 replyretweetfavorite

34colorchoice79 刺さった。。これだ。。いま私が必用としていたものは。。 6ヶ月前 replyretweetfavorite