偏った脳──脳は代償機能が働く
私は神経について学んだり、発達をいろいろ勉強したりする中で、脳というのは弱いところがあれば強いところができる、代償機能が働く仕組みになっていることをいろいろ学んできました。
脳の強みをいかに伸ばすかということは、学習症、とくにディスレクシアの分野でかなり研究されています。
たとえば、ディスレクシアの人では、左脳の3か所にある読字回路が活性化していない代わりに、左脳の意味処理に関わる領域が非常に活性化していたり、右脳のイメージを作る領域が活性化して大多数の人とは異なる読字回路が形成されたりします。障がいがあると、それを代償するために発達する別の回路ができるということです。
つまり、LDで読むことが苦手な人がいたら、一生懸命トレーニングしてなんとか克服して不得手でなくしてしまおうというのが凸凹の凹の部分をなくそうとする考え方であるのに対して、活性化しているところをより伸ばしていけばいいのではないかというのが、凸の部分を伸ばすという発想です。
普通の脳ではなく、ちょっと「偏った脳」である。しかしむしろその特質を活かしていくということを考える。そうすると、学習症は「困難さを抱えた状態」ではなく、「独特の能力を秘めた状態」と捉えることができます。
実際、「強み」を伸ばすようにしたほうが、本人の生活の質を高めることができるということがわかっています。「弱み」は伸びる限界があり、伸ばすには苦労も多いので、他の人やツールに頼っていけばいいのです。
障がいがあるけれども、それを補って余りある天才のような人がいますが、そういう人は偏った脳の持ち主だと考えられています。
たとえば、アインシュタイン。彼は左脳の読字に関係する部位の構造に変化があり異常があって、文字に弱かった代わりに、マインズ・アイやイメージ能力が極めて優れていたと考えられます。そういう意味では、アインシュタインの発想力は、偏った脳の賜物だったと言うことができます。
左側頭葉後方の機能が阻害されると、サヴァン症候群のような右脳的な能力が発揮されることがあります。
第3章で少し触れましたが、サヴァン症候群の人が驚異的な記憶力を持っているというのは、映画『レインマン』以降、世界的によく知られるところとなりました。サヴァンの場合も、多くは生まれつきのもので、自閉スペクトラム症などの発現率が高いと見られています。天才的な記憶力が発揮されるのは基本的に右脳と関連性のある記憶で、左脳の機能に障がいがあることにより、右脳の機能が高まるのではないかと推測されています。
共感覚というものもあります。視覚と聴覚、色と数字、音とイメージなど、異なる感覚が共存して感じられるという特徴を持ち、たとえば音を聴くと色を感じる、数字や文字に色を感じる、ものの形に味を感じるといった複数の感覚を同時に感じる現象です。
こう考えると、障がいと呼ばれている状態は、けっして凹の部分だけがある状態とは言えないのではないかと考えられるわけです。
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