カオスとフラクタル(山口昌哉)前編

今回取り上げるのは山口昌哉著『カオスとフラクタル』です。雪の結晶や海岸線の形状に見られるフラクタルと、混沌を表すカオス。実はどちらも数学的構造は単純であると指摘したのが本書です。ニュートン力学を超えたとも評される本作を、finalventさんはどのように読むのでしょうか?

「フラクタル」を生み出す「カオス」の仕組み

 雲の形の美しさに見とれることが誰にでもある。あるいは木々の威容や遠く続く海岸線、手に取った木の葉や貝殻の精緻さにも。自然が生み出す美は人間を魅了すると同時に、その背後に何か自然界の法則を予感させ、数学的に解明できるのではないかと考えさせる。この思念が「フラクタル」と呼ばれる幾何学の概念で描かれた図形の魅了につながる。思念を深めれば、「フラクタル」を生み出す前提として、あたかも無秩序に見える「カオス」の存在を見つめることになる。しかし「カオス」は無秩序ではない。簡素な数式からでも発生する。この真実を知った人間は神秘の思いに打たれる。本書『カオスとフラクタル』は、カオスの数学的な仕組みからフラクタルに至る数学的な過程を、静かな情熱で描き出している。


カオスとフラクタル ちくま文芸文庫

 とはいえ率直なところ、本書は万人向けの書籍とは言いがたい。第1章「非線形とは何か」で、単純な1次関数とそのグラフを示したあと、「線形の法則」についての説明がある。とりあえず引用部を読んでみていただきたい。モデル化される現象は、毎分 $0.4ℓ$ の速度で蛇口から流れる水が水槽に貯まる状態である。$v$を貯まる水量とし、$t$を時間(分)とすると、$v=0.4t$になる。なお、「このように」というのは、$v=0.4t$のグラフである。

 このようにグラフが直線であらわされるような法則を線形な法則とよぶ(独立変数の1次関数といってもよい).しかしこれで線形な法則をすべて尽くしているわけではなく、グラフの縦軸を対数尺でとってみたときに,直線になるようなものも,やはり線形の法則とよぶ.


 対数グラフがさっと脳裏に浮かぶことが読者に期待されている。説明は続く。

 つまり従属変数の対数を従属変数とみて独立変数の1次関数になっている場合である.科学者のつかう意味は、これよりもさらに広く、未知の法則を規定している未知関数と,その導関数が1次の関数(この関係が微分方程式とよばれる)で結ばれているとき,この微分方程式であらわされる法則は線形な法則であるとよぶ.


 なぜ微分方程式で表される法則で、その導関数が1次の関数でむすばれると線形な法則になるのか。縦軸を対数尺とする場合、 $\frac{d\log v}{dt}$ を $a$ とすると、式は、特別な $v$ と $\frac{dv}{dt}$ に関する1次式になるからだ。

$\frac{dv}{dt}-av=0$

 かくして、こうまとめられる。

 一言でいえば、線形とは,原因と結果がなんらかの意味で比例的であるということである.
 ところでこのような線形,非線形の区別が何を意味するのかということを,この本ではくわしく述べることになる.


 冒頭に示されるこの例題に本書のテーマ(線形、非線形の区別が何を意味するのか)が要約されているのだが、その要約の意図を読み解くには、数式を含め、微分方程式の基礎知識が必要になる。一般書としては少しハードルが高いのは否めない。本書は、現在はちくま学芸文庫で復刻されたが、元は科学の啓蒙書などを扱う講談社ブルーバックスの数学分野の書籍だったので、理系的な知的分野に関心のある人を読者対象としていた。このため、一般書に比べて理系的な表現や数式が多い。

 ちなみに私(1957年生まれ)が高校生のときは、高校の数学(数III)で微分方程式を学んだ。本書が当初、ブルーバックスで縦組みで出版された昭和61年(1986年)の時代、高校の数学を学んだ学生も、すんなりとまでいかないまでも読むことができた。著者・山口昌哉もこの書籍の読者をおそらく大学の新入生のレベルとしていただろう。広義に社会人ならこの程度の数式が読めると想定されていたのである。それが昭和の基礎水準であった。


カオスとフラクタル 講談社ブルーバックス

 現代では、いやもう10年以上も前から、高校での微分方程式の扱いは軽くなり、教科書では本文から外され「発展学習」という位置づけになっている。教えないこともあるらしい。対数尺についても現在の高校の数学では扱っていないようだ。その是非についてここでは議論しないが、大学でさらに数学を学んだのでなければ、現在では本書は多少難しいだろう。残念なことに、現代社会人の基礎知識だけで読み解ける書籍ではなくなっている。

「カオスとフラクタル」現象知るための参考書籍

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